第四話 遥香ちゃんを泣かしたら許さないから

(中世古遥香) 

 火曜日の朝。


 いつもならすっきりと起きれる朝も、今はどんよりとした気持ちが胸中に広がっており、憂鬱な気持ちが広がっていた。カーテンの隙間から見える透き通るような青空も、うっとうしく感じてより暗雲とした気持ちが広がる。


 勿論、昨日のことが原因だ。


 私は普段から学校で怒鳴るようなことはない。多分、初めてだと思う。だからこそ、教室に入った時のみんなの視線が怖くて、学校に行きたくない気持ちが強かった。


 何よりも、家族のことを話したくなかった。


「遥香ちゃーん。起きてるー」


 ドアをノックしながら声をかけてくるのは私の姉──中世古実彩子なかせこみさこだ。


 芸名は実彩子。


 スタイルも良くて、演技もできて、何でもできる私の自慢のお姉ちゃん。そんなお姉ちゃんだからこそ、読者モデルや女優といった職業はぴったりだった。


 まるで初めから、芸能界という世界で輝くことが必然だったかのように、お姉ちゃんはデビューしてからとんとん拍子で売れている。


 特に、母譲りの独特な雰囲気とでも言えばいいのか、そこにいるだけで異質な空気を作ることができる能力に長けている。時間を切りとって、その場に焼き付けるような、雰囲気を伝える能力に長けているのだ。


 そんなお姉ちゃんが雑誌の表紙を飾れば、売れ行きは普段の何倍も跳ね上がるくらいだ。


 そして、その能力は私にはなかった。

 だからって、お姉ちゃんに嫉妬するようなことはなかった。

 それは──


「遥香ちゃーん! 部屋に入るからねー」


 私の部屋に入って来たお姉ちゃんは、私の顔をみるなりパッと顔を輝かせて、きつく抱きしめてきた。加えて、頬ずりしながら、猫のような声で甘えてくる。


「もーう、遥香ちゃんってば、起きてたなら返事してよね~。寝起きの遥香ちゃんって、どうしてこんなに可愛いんだろ~! んーっ! いい匂い……しあわせ♡」


「やめてよ、お姉ちゃん……朝からそんなに引っ付かないで!」


「そんな……私の可愛い、可愛い遥香ちゃんが反抗期に……小さい頃は、ねぇね、ねぇねって私の背中をついてきてくれたのに……これもやっぱり、あの水瀬何とかっていう男のせいか……」


 わざとらしくハンカチで涙を拭うお姉ちゃんだけど、私にとって聞き逃せない単語があった。


「お、おねぇちゃん!? どうして鷹矢の事知ってるの!?」

「下の名前で呼ぶ仲なんだ……ガーン」


 わざとらしく膝を着くお姉ちゃんは、床に『の』の字を書いていた。 

 何その分かりやすいような落ち込み方……。


「遥香ちゃんはお姉ちゃんの事が一番好きだよね? 一番愛してるよね?」


 上目遣いで、口をへの字に曲げたお姉ちゃんは、涙目になりながら私の服の裾をつまんでくる。


「はいはい……お姉ちゃんの事が私も大好きよ。もーう……」


 お姉ちゃんの手を引っ張って立ち上がらせると、


「うんっ! おねえちゃんも遥華ちゃんの事が大好きよ~!」


 ギュッときつく抱きしめてきた。


「遥香ちゃんはお姉ちゃんがずっと養ってあげるから心配しないでね~、行きたくなかったら学校に行かないでもいいし、ずっと家にいてもいいからね! お姉ちゃんがずーっと守ってあげるから! ご飯も用意してあげるし、寝るまで傍にいてあげるし!」


 多分、お姉ちゃんはこれを本気で言ってる。


 私がお姉ちゃんに嫉妬しなかったのは、こんな具合に、一途な愛情を向けてくれているからだと思う。


 母は、仕事で忙しいからあまり家にいないけど、その分ずっとお姉ちゃんが私の傍にいてくれた。優しく甘やかしてくれて、私の話を何でも聞いてくれて、ありのままの私を肯定してくれるから。


 私も本当にお姉ちゃんのことが大好き。

 それこそ鷹矢と同じくらいに。


「分かった……分かったから……学校にはちゃんと行くから心配しないで。それに、何で鷹矢の事を知ってるのか聞いてないんだけど?」


「え? ああ、それはね、朝からインタホーンを押してくるチンチクリンがいたから、誰かなーって思ったら、遥香ちゃんの友達を語る男だったから、一応確かめた方がいいかなーって」


「それを早く言ってよ!」


                ※


「うーん……来ない……」


 遥香の家に訪れてインターホンを押すと、姉の実彩子さんが応対してくれたのだが、20分以上待っても、誰も家から出てこないのだ。


 朝だから時間がかかってるとか? けどなぁ、一応、遥香にはRINRでメッセを入れたから知らないことはないと思うけど。


 もう一度、インターホンを押そうと思った時。


「ごめんなさい、鷹矢。遅くなったわ」


 慌てた様子の遥香が、ドアを勢いよく開けて出てきてくれた。


 急いでたっていうのに、遥香は黒髪を三つ編みハーフアップでまとめており、いつもどおりにきれいを保っていた。


 陽光に当たった黒髪が、天使の輪を黒髪に作っており、丁寧に手入れされているんだと分かる。遥香って、改めて美人なんだと思わされた、こーう、大人美人って言葉がしっくりくる。


「いや、気にすんなよ。それで、今日なんだけどさ──」


 遥香に今日の用件を伝えようとすると、


「遥香ちゃーん! 今日なんだけど……って」


 遥香の後ろから、そっくりな人物が現れた。勿論、遥香の姉の実彩子さんだった。  

 そして、実彩子さんは俺を見るや否や、嫌そうな顔をし出した。


 この人、動画とかで見るとカッコイイ感じの大人の女性なのに、ただのシスコンな姉なんだよなぁ……。


「ん? どうかしたの鷹矢?」

「いや、何でもない……」


 丁度、遥香の後ろに実彩子さんがいるのだ。


 つまり、遥香の位置から実彩子さんの表情は見えない。そして、遥香が振り向くとニコニコ笑顔に変わる。多分、俺達の中では一番、美咲が近いかもしれない。


 正確には違うんだろうけど、黒いんだよなぁ。


「今日は撮影あって帰るの遅くなるから。ご飯は、冷蔵庫の中にあるから、温めて食べてね」

「ん、分かったわ。ありがとう。じゃあ、鷹矢。学校に行きましょうか」


 そのまま、遥香と歩き出した時。


「あ、水瀬君、落とし物したよ」

「え?」


 後ろから実彩子さんに話しかけられ、落とし物を探そうとした時。

 耳元に実彩子さんの顔が近づいた。


「遥香ちゃんを泣かしたら、絶対に許さないから」

「――ヒッ! ぜ、ぜぜぜ絶対にそ、そん……あばばばば」


 誰しもが見惚れる笑顔を浮かべながら、とんでもなく恐ろしいことを言ってくる実彩子さん。どこから、そんな声が出てくるんですか……。


「そう、良かった」


 ニコッと返事する実彩子さんだけど、『言質とったから』って意味が含まれてそうだ。


 こわい、こわい、こわい。


「それじゃ、二人ともいってらっしゃい!」


 そのまま俺は、実彩子さんから逃げるように通学路を歩いた。


              ※


「それにしても鷹矢はどうして迎えに来てくれたの? やっぱり、昨日の──」

「まぁ、それが関係ないってわけじゃないんだけどさ……遊びに行こうと思ってな」


「遊びに……? まさか、今からかしら?」


 俺の提案に遥香は、驚いた表情をしていた。

 まぁ、普通に考えてやばい提案だわな。


「ほら、昨日のことがあって、学校に行き辛いだろ? 気分転換も含めてな? 何せ、俺はさぼりのプロだからな?」


 もうすでに、二回も学校をさぼってるからね。

 そう冗談めかして話す俺に、遥香は口元に手を当てながら、おかしそうに笑っていた。


 それに、秀明と一緒に学校をサボった時に思ったのだ。何か嫌なことが合った時は、無理して学校に行く必要がないって。別に、一回や二回、学校をサボっても何の問題もないしな。


「何よ、その言い方は……サボりすぎはダメだからね? 仕方ないけど、今日だけよ?」


「そんな言い方してるけど、遥香だって嬉しいだろ?」

「うるさいわよ……」


 頬を染める遥香が俺から視線を逸らす。


「……でも、ちょっとドキドキしてる」

「あはは、だろ?」

「ええ。しっかりエスコートしてよね?」

「おう、任せとけ!」


 こうして、俺と遥香は通学路から外れて、駅にまで向かった。


 どこか知らない場所へ冒険するような不思議な気持ちだった。

 さて、今のうちにアレも用意しておくか。


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 最後まで読んでいただきありがとうございました~

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