第十三話 三島さんちの陽葵ちゃんのお話(上)

「うーん、焦がしバターの良い匂い……」


 フライパンから漂うバターの濃厚な匂いに、思わず頬が緩んでしまう。


 三島さんが入浴している間、俺は軽食の用意をしていた。俺が腹減ったというのもあが、やっぱり気分が落ち込んだ時は、甘い物を食べた方が元気出ると思うのだ。


 そんなわけで俺は、キッチンでフレンチトーストを作っていた。フレンチトーストはパンを卵液に長時間、浸さなくても電子レンジにいれたらすぐに内部まで味がしみ込むのだ。


 ちなみに、この手法は俺の料理師匠である美咲に教えてもらった。 


「いい具合に焦げてるな、よしよし」


 出来上がったフレンチトーストを皿に乗せて、二枚目を焼く。その間に、俺は冷凍庫の中にアイスがあるのか探していた。


 フレンチトーストにのせたら旨いんだよなぁ。秀明も後で来るし、多めに焼いておくか。あいつは結構、食うだろ。


 そんな風に料理を続けていると。


「ありがと……」


 リビングのドアが開けられると、お風呂上がりの三島さんがやって来た。


 入浴後ということもあって、頬がやや赤くなっており、化粧も落ちて、スッピンになっていた。こんなこと言ったら、怒られるけど、スッピンの方が可愛くね?


 なんでギャルってあんなに濃い化粧をしたがるんだろう……。


「お、おう……ふ、服はまだ乾燥機にかかってるから、もう少し待っててな」

「うん。ねぇ、何作ってんの? 凄くいい匂い……」


「ああ、フレンチトーストをな。お腹空いたし、三島さんも食うか?」

「フレンチトーストって、凄いわねアンタ……ありがたくいただくわ」


 感心した様子の三島さんが、俺の後ろからフライパンを覗き込んできた。


「っ!」

「? どうしたのよ?」

「べ、別になんでもない……ほら、飲み物用意したし、ちょっと待ってて」


 俺は電子レンジで温めたホットミルクに、はちみつを垂らして渡す。


 どうして女子って、シャンプーを使っただけで、こんなにいい匂いがするんだろう。それに、やっぱり可愛いからドキドキしてしまう。


「本当にすごいのね……全然、知らなかった。ありがと、楽しみに待っとくね」


 普段の勝気な表情からは、想像つかないくらいに緩んだ笑顔を見せる三島さん。

 そんな緩んだ三島さんを見ていると、心を開いてくれたんだなっていうのが分かった。嬉しくもあって、安堵感もあった。


 それから、完成したのをテーブルに並べると、三島さんは嬉しそうに写真を撮っていた。ツブヤイターとか、toktokにでもアップするんだろうか……何か、嬉しいな。


 俺も三島さんの正面に座って、ようやくというか、カラオケ店の事を切り出した。


「なんであんな目に合ってたのか、教えてもらえる? 俺も無関係じゃないと思うし──」


 ──君が手を差し伸べた光で陰が~♪


 話しの途中で、スマホからアラームが鳴ってしまった。


「タイミングが悪い……」


 慌てて、スマホのアラームを止める。テスト期間中は、勉強のために早起きをしていた。12時間表示と24時間表示が混ざったせいで、変な時間に鳴ってしまったんだろう。


「その曲……!」


 ハッとした表情を浮かべる三島さん。


 え、この曲を知ってるの? この曲は、ラコラス・ラコイルってアニメの曲だから、アニソンだよ? ギャルの三島さんからすれば、割と縁のなさそうな趣味なんだけど……いや、まさかな……。


「ねぇ、アンタってお、オタクなのよね……」

「え? まぁ、そうだな」


 頬を真っ赤にさせながら、自分の髪をいじる三島さん。


 俺がオタクなのが意外だったとか? いや、まさかな。それに今時、オタクって普通だろ。わりと陽キャグループでも、探偵ファミリーとか見てるって話らしいし。


 それとも、三島さんはオタクを差別するタイプだったりして──


「あ、アタシもね、そのアニメ……す、好きなのよ……」

「……は?」


 開いた口が塞がらなかった。流石に、予想外過ぎた。


「本当に?」

「だから、そう言ってるじゃない……ラコラコの曲でしょ」


 まじかよ、何で知ってるんだよ……。


「あ、アンタはそんなことで差別しないでしょ……?」

「ああ、ごめん……ただ驚いて」


 ……差別?


「分かってるわよ……自分の趣味が見た目と似合ってない事くらい」


 俺から視線を逸らす三島さん。


「けど、アンタが私に心を開いてくれてるんだから、私だって同じようにするわよ……な、何か文句あるわけ!」

「いや、ないです……」 


 けど、別に今は話さなくても良かったような……いじめられていた事とか話してくれれば十分なんだけど。三島さんなりの心の開き方なのだろうか。

 

 不器用というか、普段の三島さんからは想像もつかないことばかりだな。


「それでカラオケ店のことよね、あんまり話したくないから、一回で理解しなさいよ。そうね、アタシがオタク趣味に目覚めたのがきっかけだと思うわ──」


 それから、三島さんは過去の話し始めてくれた。


──────────────────────────────────────


 最後まで読んでいただきありがとうございました~

 一話にまとまらなかったので、分割して投稿させていただきます。


 本日の18:24になりますので、お待ちください~

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