第十二話 ありがと……

「湯加減はどんな感じ?」

「ちょうどいい……ありがと」


 三島陽葵みしまひまりのくぐもった声が響く。


 カラオケ店から逃げた後、俺は三島さんを自宅に呼んだ。というか、いざ逃げようってなっても、どこに避難すればいいのか分からなくなったのだ。結果、自宅になってしまったのだ。


 まぁ、カラオケ店からも近かったし、丁度良かったんだけどな。


 家に着くと、俺はまず風呂に湯を張った。流石に、水浸しになった三島さんをそのままにしておけなかったからだ。


「とりあえず、三島さんの服は脱水してから乾燥機にかけるからな。その間は、雫の服でも着ててくれ」

「……分かった」


 はぁ……調子がくるうなぁ。


 というのも三島さんはさっきからずっとこの調子なのだ。いつものように勝気で、気が強い感じはなくて、心の底から弱り切っている感じで……燃え盛る炎が消えかけているような。


 そのまま、俺はできるだけ感情を無にして三島さんの制服を洗濯機に入れて、脱水を始めた……別に、三島さんの制服を見て変なことなんて考えてないよ、ほんとだよ?


 そのまま俺は浴室のドアを背もたれに座った。そのまま、ボーッと天井を眺める。


 洗面所では、脱水機の回転音だけが響いていた。三島さんも息をひそめるように静かで、時折、蛇口から落ちる水の音が、一際大きく響いていた。


「お腹空いたか? 何か作るけど」

「……いい、大丈夫」

「そっか、何かあったら言えよ」


 それからまた、ボーッと天井を眺める。


 正直、三島さんを一人にするかどうか凄く迷った。それでも、なんとなく傍にいてあげた方がいいような気がしたのだ。大した理由があるわけじゃないが、俺ならそっちの方が嬉しいと思ったからだ。


 傍にいて、何でもいいから話しかけやすい雰囲気を作ってあげることができたら、一番理想的だろう。


 こっちとしては、あんな場面を見てしまったのだ。

 流石に、他人事にはできなかった。


 それに『前々から思ってたけど、元々、イジメられてたでしょ』っていう言葉がずっと、引っかかっていた。


 できたら、三島さんから話しかけて欲しいと思っていたのだが、話す感じじゃなかったので、俺から聞くことに決めた。


「よし、なぁ三島さんさ──」



「ねぇ、なんでアンタは私を助けてくれたのよ?」



「え、何でって……そりゃあ──」

「だって、私はアンタにひどい事言った! アンタの友達にだって迷惑かけた! ケガだってさせちゃったじゃない……ねぇ、なんでよ……」


 今にも崩れ落ちてしまいそうな悲痛な声だった。


「アンタが私に優しくしてくれる理由がないのよ……ねぇ、なんでよ……」


 グスッと、鼻をすする音が聞こえる。


「散々、アンタに八つ当たりして……私は! 私は……!」


 バシャンと、一際強く水を叩く音が響いた。まるで、三島さんの気持ちが溢れ出して、せき止めていたダムのような物が決壊したような。


「感謝してないわけじゃない……あの時、アンタが現れなかったら、どうなってたか分からない……でも……アンタが私に優しくしてくれる理由が分からない……ねぇ、なんでよ」


 そういうことか。

 自分が馬鹿な勘違いをしていることに気づいた。


「もし、何か目的があるなら言ってよ……あんたの優しさを疑いたくない……でも、分からないのよ……ねぇ、なんでよ水瀬……」


 もっと単純だった。

 あんな目に合って、苦しんでた以上にだ。


 混乱していたのだ。


 ありえないはずの相手から、救いの手を差しのべられて、その手を握ってもいいのか、振り払うべきなのか。


 そして、人の善意を疑う自分に嫌気がさして。色々なことが重なってゴチャゴチャになって、何を考えて、何を信じればいいのか、分からなくなって。


 加えて、助けてくれた相手が、過去に見下していた相手だった。プライドの高い三島さんからすれば余計にだったのだろう。


 俺が思っている以上に、三島さんは真面目だった。そして、俺以上に不器用だった。だから、俺が答えるべきことはシンプルでいいはずだ。


「俺の事は信用していいよ。絶対に裏切らない」

「──っっ!」


 ドア越しから、三島さんが息を呑む音が聞こえた。

 それに、理由だってないわけじゃない。


「普通に考えてさ、目の前で誰かが困ってたら助けるもんじゃないのか? 少なくとも、俺はいつもそうしてるつもりだよ」


「うん……うん……」

「一緒にするなよって言うと思うし、で、俺は三島さんの気持ちは分からないと思う。けどさ、陰口なら叩かれたことはあるから、その一端なら分かるつもりだ」


 突然、顔も名前も知らない相手から悪口を言われるのは結構辛い。なんで、お前にそんなこと言われなきゃいけないんだって思う。


 だからって、シカトするのしんどくて。

 それでも、俺には秀明や遥香、美咲がいてくれてた。足らないものが埋まるまで、俺の努力に付き合ってくれて。


 でも、三島さんにはそんな相手がいなかったんだと思う。

 だから、三人からもらったものを俺が返してあげたいって思った。


「ありがと……本当にありがとう……」


 三島さんの涙声が浴室内で、淡く、消え入るように響いていた。

 多分、これで大丈夫なような気がする。


 お腹空いてるかもだし、何か作るか。

 それに飲み物も用意しとかないと。


 多分、長時間話すことになるだろうし。


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 最後まで読んでいただきありがとうございました~


 二章はあと三話で終わるって告知を出したけどあれは嘘です(笑)

 もう二、三話追加で書くことになりそうです……

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