第二話 いえいえ、将来の旦那様のためですので

「俺達もちょっといい?」


 教室に到着して、遥香とレクリエーションの話をしていると、とある男子に話しかけられた。クラスの中心にいる陽キャグループの男の子で、確か……確か…誰だっけ? 名前が分からん……。もう少しクラスのことにも顔を向けよう、うん。


 ちなみに、クラス親睦のレクリエーションはキャンプ場を貸し切って、BQをするのだ。

そんなことを考えていると、


「おーすっ! 今日はまた珍しいメンツだな」


 明るい声が響いた。声の主は、秀明だった。


「そんでどしたの? 斎藤が鷹矢に話しかけるなんて珍しいじゃん」


 どうやら、陽キャ男子君は斎藤君というらしい。


「中村……なぁ、お前は今度のレクリエーションの班決めどうすんだ?」

「ん、俺か?」


 秀明は、俺の肩に腕を回してくると、


「そりゃあ、鷹矢と一緒に決まってんだろ。な、相棒?」


 ニカッと、いつものように快活に笑いながら、そう言ってきた。

 誰が相棒だよ……まぁ、悪い気はしないけど。


「四人で一グループだし、後は中世古と五十嵐じゃね? 鷹矢もそれでいいだろ?」

「おう、俺もそうしてもらえると助かる」


 秀明以外に、仲の良い男子っていないからな、俺……ぐすん。


「そ、そうなんだけどさ……中村達って一年の頃から仲が良いだろ? せっかくのレクリエーションなんだし、クラスの親睦も深めるってことでさ、俺達も混ぜたって形にしないか?」

「どういうことかしら?」


 遥香の問いに、斎藤君が答える。


「俺達二人ずつと、中村達二人ずつを混ぜようってことだよ。そしたら、初対面同士でも困らないだろ? そうだな……俺と三島さんと中村と中世古さんでどうだ?」


 なお、三島さんっていうのは、釣り目の気味の怖そうなギャルだ。


 斎藤君の提案は合理的だと思うし、クラス親睦のレクリエーションの意味を考えるとかなり妥当だと思う。


 それでも、俺個人としては嫌だった。


 せっかくのレクリエーションなんだし、仲の良い同士で組みたいってのが本音だっ

た。それに、斎藤君の提案通りにいけば、俺のペアの男子はサッカー部の男子だ。


 サッカー部のノリって苦手なんだよなぁ……。


 そのサッカー部の男子と目が合うと、ニコッと爽やかにほほ笑んでくれた。

 やだよー、あんな爽やか系イケメンとは絶対に話が合わないってー。

 秀明―、助けてー。


 そんな意味を込めて、視線を飛ばしたが、秀明は三島さんと楽しそうに話していた。


 あいつー! 相棒ってこと言葉はどこに言ったんだよ!


「早速、三島さんと中村は仲良くなってるみたいだし、いいよな?」


 良くも悪くも陽キャグループって言うのは、クラスの中心で、クラスの空気を作っている。だからこそ『斎藤君達が言ってるんだし、それでいいよね』みたいな空気が流れているのだ。


 勿論、善意でやってくれているのは分かるけど、斎藤君達が言うとどうしても、強制力のような物ができてしまうのだ。そして多分、そのことに斎藤君達は気付いてない。


 遥香の方をチラッと伺うと、指の腹で髪をグルグルといじっていた。あれは、嫌なこととか、気乗りしない時にしているクセだ。


「斎藤君。提案してくれてありがとうな。そういう気遣いってさ、凄い助かる」

「ちょっと、鷹矢っ!」


 俺に文句を言おうとする遥香に目配せする。

 俺の意思表示が伝わったのかは分からないが、遥香は口を閉ざしてくれた。


「そっか、そう言ってもらえて良かったよ。じゃあ、班決めはこれで──」

「けど、ごめん。俺はさ、やっぱり仲が良い同士でペアを組みたいから断らせてほしい」


 そう言った瞬間、教室が静かになったような気がした……気のせいだよな?

 それでも、斎藤君の表情が固まったのは分かる。戸惑ってるだけで、怒ってないんだと思いたい……。


「ど、どうして……?」

「どうしてって……そりゃあ──」


 理由を説明しようとした時だった。


「はーい! 俺も鷹矢にさんせー!」


 三島さんと話し終えた秀明が、妙にニコニコしながら俺の方にやって来た。

 ちなみに、秀明の浮かべるあの貼り付けたような笑みは、怒ってるときのサインだ。


「あんな性格ブスと同じペアとか、まじ勘弁してほしーわ」


 ニコニコとしていた表情が一転、眉間にしわが寄っていた。


「ちょっ、ちょっと! 誰が性格ブスだって──」


 売り言葉に買い。

 三島さんが激怒しそうになった時だった。


「ちょっとー、中村君。遥香のどこか性格ブスだって言うのよ」


 俺達の間に入ってきたのは、美咲だった。

 まるで測っていたようなタイミングに見えたのは気のせいだろうか。

 まぁ、美咲は腹黒いし、案外そうだったりして。


「遥香の悪口を言われたら、鷹矢君だって嫌な気持ちになるの分かるでしょ。これから同じペアを組むってのに、どうしてそんなことを言うのよ」

「ん? ああ……なるほど。ごめんごめん」


 何かに気づいたように、秀明はいつものクシャッとした笑みに戻る。


 なにその、頭いい人同士だけで分かり合ってるような雰囲気は。俺、全く分かんないんだけど!?


「最近の鷹矢がよー、中世古とか五十嵐とか雫ちゃんの話ばっかりしちゃって、ちょっと嫉妬しちゃったんだよ。悪かったな、中世古も」


「え、ええ……それは構わないのだけれ……ど?」


 遥香にしては珍しく、困惑するような返事だった。


「い、五十嵐……あんたね……!」

「え、どうしたの三島さん?」


 キョトンとした表情を浮かべる美咲と、悔しそうな表情を浮かべた三島さんを見てようやく、俺も分かった。


 そりゃあ、確かに怒りもでもしたら、自分が性格ブスって認めているようなものだもんな。いかにもプライドの高そうな三島さんからしたら悔しいか。


「何か怒るようなことでもあった? 三島さんが怒るようなことはなかったと思うんだけど」


 ニコニコと挑発するように、煽るように三島さんに話しかける美咲。

 きっと、今の言葉の意味も翻訳すれば「怒るなら怒ればいいじゃない?」って意味が含まれているんだろうな……なんで、心配するような素振りをして、ケンカ売れるのよ、こえーよ。女子ってこえーよ。


「っ! もういいっ!」


 キッと、射貫かんばかりに三島さんが(なぜか)俺を睨みつけてくる。いや、本当になんでだよ。だからこそ、ここは便乗して俺も文句くらい言おうと思ったのだが、


 ドンっ!(三島さんが俺の机を蹴る音)

 ヒエッ!(俺が悲鳴を上げる声)


 ギャル、ダメ、コワイ……。


 そのまま、三島さんは自分の席に帰って行った。


「あ、それとね斎藤君。班決めなんだけどさ。私もね、せっかくのレクリエーションなんだし親睦を深めるのは賛成」


 美咲の言葉に頷く斎藤君。


「それでね、斎藤君と同じペアを組みたいって子達がいるんだけど、どうかな? 私達もなんだかんだで、中村君とそんなに喋ったことないから、結構いい感じになると思うんだよね」


「なるほど……それもそうだね。残念だけど、今回は五十嵐さんが紹介する子とペアを組むことにするよ。ありがとうね」


 その言葉が終着点というか、最後というか。

 斎藤君の『ありがとう』がきっかけとなって、この緊迫した空気も四散していくようだった。


 多分だけど、斎藤君も場の空気を読んでくれたような気がする。まぁ、その辺は美咲が誘導したところもあるんだろうけどさ。


「ってことで、私達は私達でペアを組もうね」


 すげーよ。場をキチンと収めただけじゃなくて、俺達が同じ班になるように誘導までして、みんな納得させちゃったよ……なんで頼りになるんだ美咲パイセンは……。


 言葉や言動とは裏腹に、しっかりと自分の利になるように行動してるって、流石はらぐろ──


「鷹矢君。何を考えてるのかな?」

「べ、別に何も失礼なことは考えてな──ハッ!」


 やっちゃった!


「へぇ~、失礼なことは考えてたんだぁ……」


 菩薩のような笑みを浮かべる美咲に、必死に謝り倒したことで許してもらったとだけ言っておく。


             ※


 そっからの昼休み。

 俺と秀明、美咲と遥香ってメンツで昼食を食べていた。

 いつもは違うんだが、どうせならレクリエーションの話もしようってことで、今日は一緒なのだ。


 ちなみに、秀明曰く、斎藤君は遥香に気があるらしい。それで、最近の雰囲気が良くなったことをチャンスと思って誘いに来たらしい。あっちもあっちで、色々と思惑があったようで。


「にしてにも、さっきは大変だったよなぁ~」

「あのねぇ、中村君。それは状況を収めた私のセリフなんだけど」


 秀明の言葉に、美咲がため気をつくように文句を言う。


「なぁ、美咲。状況を収めたって言うけど、美咲も喧嘩腰じゃなかった?」


 場合によっちゃ、火に油を注ぐ結果になってたような気がする。


「それは私も思ったわ。けど、助かったのも事実なのよね。なんで鷹矢がいるのに、他の男子とペアを組まないといけないのよ」


 俺の言葉に同意しながら、頬を膨らませる遥香。

 それにしても、鷹矢がいるのにか……なーんか、ジーンと来ちゃったなぁ……なんつって。


 まぁ、嬉しいのは事実なんだけどね。


「二人とも、私と中村君が怒ってた理由が分かってないでしょ?」


 遥香と顔を見合わせたが、お互いに顔を振るだけだった。


「話していい?」

「おう、別に構わないぜ」


 秀明から確認を取ると、美咲は理由を教えてくれた。


「三島さんってね、中村君のことが好きなんだけど、鷹矢君のことが嫌いなのよね」


 え……なんで。


「そうそう、二人で話してる時もよー、中村君はカッコいいのに、陰キャの水瀬君といると評判が下がっちゃうとか、訳の分からね―こと言うからよ」

「ひ、秀明……!」


 お前、俺のために怒ってくれたのか!


「だからよ、ダチのこと悪く言う奴と、仲良くなりたいわけねーだろ。まぁ、状況がどうなろうが、どうでもよかったしな。その辺は、五十嵐が何とかしてくれるって分かってたし」 


 あはは、と豪快に笑う秀明。


 本当にコイツ、俺にはもったいないくらいに良い奴だよな。今更だけど、何で秀明は俺と仲良くしてくれるんだ? なーんか、気づけば仲良くなってたのは覚えてるけどな。


「まぁ、そういう理由だから、喧嘩を売っても問題なかったの。だって、私が絶対に勝つって分かってたし」

「どういうことよ?」


 遥香が質問する。


「だってさ、中村君が怒ったのは友達を馬鹿にされたからでしょ。あの状況で反撃したら、三島さんは自分で性格ブスって言うのを認めたことになるし、揉め事の原因を作ったのも中村君の友達を馬鹿にしたことが原因でしょ」


「ああ、そういうこと……反撃できない上に、決定的な証拠まで握られてるんだから、どうしようもないわね」


「そうそう、それに、遥香が泥を被るように私が誘導したんだから、プライドの高い三島さんの性格からしてにでしょ」

「た、確かに……」


 ってことは、なんだ? 美咲は、勝ちが決まった状況で喧嘩を売ったというか、きっちりとカウンターを決めて反撃したのか。


 何か、よけに質が悪いような……いや、俺のために怒ってくれたから嬉しいんだけどね。流石というか、やっぱり美咲は頼りになるよ。  


「美咲、サンきゅーな」

「いえいえ、将来の旦那様のためですので」

 

 照れくさかったのか、おどけたように返事をする美咲に、みんなで笑ってしまった。

 こうして、波乱もありつつ、レクリエーションの話をして終わった。

 これで三島さん、矛を収めてくれるといいんだけどなぁ……。


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 少々、長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました~!

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