第二章 五十嵐美咲が本当に欲しいもの

第一話 ああ、俺は雫のことが好きだよ

「んっ……んん……あれ、いつの間に眠ってて……」


 カーテンの隙間から指す陽光と、俺の部屋にまで聞こえてくる母さんの「早く起きなさーい」という声で目が覚めた。


 昨日は、ベットで新学年実力テストの勉強をしていた記憶はある。なら、そのまま寝落ちしたってことだろう。今後、横になりながらの勉強はよそう。


 母さんに返事をしつつ、起きようと体を動かそうとした時だった。


 ──ムニョン


「ん?」


 なんだこの柔らかい感触は。

 そのまま、手を動かかすと柔らかいんだけど、ほんの少しの弾力もあって。視線を落とすと、


「くぅ……くぅ……」

「っっ! し、雫!?」


 なぜか制服姿の雫が俺の隣で眠っていた。

 またこのパターンか!

 ってことは俺、妹のおっぱいを揉んでしまったのか……。


「やっべ……鼻血が出てきた」


 中学生みたいな自分に悲しくなりつつ、ティッシュで血を拭った。

 にしても、ファーストキスも妹。初おっぱいも妹……ふむ。


「なんて鬼畜な兄貴なんだ……でも、柔らかったんだよなぁ……」


 手を、握って開いて、感触を思い出す。甘美で名残惜しい感覚だ。隣では、雫が俺の服の裾をつまんだまま眠っていた。気持ちよさそうに眠っているし、起きる気配もなかった。


 多分、少しくらい触れても分からないような気がする。



「……………………」



 分かっている、分かっているな鷹矢?


 いくら誰も見てないとはいえ、そんなことはダメだ…………あー、ダメだと分かってるのに、手が勝手に動いてしまう!


「ちょっと、鷹矢! 早く、起きないと学校に遅刻──」


 俺を起こしに来た母さんが固まっていた。


 雫の胸に手を伸ばす俺。

 俺の布団で眠っている雫。

 血の付いたティッシュ(鼻血を拭っただけ)。


 はい、完全にダウトですね!


 これだけ状況証拠が揃っていたら、普通、何かあると思うに決まっている。


「雫もようやく大人になったのね……」


 母さんは、嬉しそうに目尻の涙を拭っていた。


「親として、もっと他に言う事があるだろ! あと、お願いですから言い訳をさせてください!」


             ※


「私、おにいの匂い好きだなぁ……」


 登校中、雫は自分の制服の匂いを満足げに嗅いでいた。

 あの後、必死の言い訳をして、何とか納得してもらった。


「嗅ぐなよ。恥ずかしいだろ」

「別にいいじゃん。制服のまま、おにいのベットで眠ったから、匂いもついたし、温もりもあって。朝から私は幸せだなぁ……」


 そう言って、雫は再び、制服の匂いを嗅いでうっとりし始めた。


「それに、おにい。私に文句を言える立場じゃないでしょ」


 ニヤァと、笑みが深くなる雫。


「……うっ!」


 その通りなのだ。


 母さんに言い訳している間に、雫が起きてしまったのだ。勿論、胸に手を伸ばしたことも知られてしまったわけで。幸いなのは、胸を揉んだ事実だけはバレてないという点だ。


 これは隠し通さないといけないわけだ。


「あー、もう……シスコンな兄を持つと、私も大変だなぁ! でも、仕方ないかぁ……おにいってば、私のこと好きなんだもんね」


 口調とは裏腹に、満足げな表情の雫。

 雫の言葉に、自分でも顔が赤くなっているのが分かった。


「あれ? おにい、照れているんだ……ひひひ」


 そのまま雫は俺の腕を抱いて来た。そして、そのまま俺の耳に顔を寄せてくると、


「ねぇ、おにい。私の胸はどうよ?」


 頬を絡めながらも、ドヤ顔で尋ねて来た。


「~~っっ! う、うっさい!」


 柔らかくて、柔らかくて、柔らかくて……あわわ。


「もーう、照れなくていいじゃん!」

「そ、そうは言ってもだな……」


 普通に考えて、好きな子に腕を組まれて胸を押し付けられたら、照れるに決まってる。そんな風に、妹と登校している時だった。


「ね、ねぇ、水瀬さん!」

「「はい?」」


 名前を呼ばれて、雫と一緒に振り返った。


 声をかけてきたのは。ネクタイの色から一年生の子だった。ってことは、雫に用事があったのか。短髪でガタイの良いスポーツマンってタイプの男子だった。

 爽やかって言葉がしっくりくる。


「えーと……三島君だっけ……なに?」

「その……さ、水瀬さんって彼氏いたのかなって? 確か、水瀬さんのお兄さんなんだよね?」


 戸惑ったような、どこか気落ちしたような表情をした浮かべる三島君。


「それに、水瀬君のお兄さんって、五十嵐さんとか中世古さんとも色々な噂が立ってたと思うんだけど……」


 俺は、三島君のリアクションというか、三島君が雫に好意を抱いているのが、何となく分かった。そして、それは雫も同様だった。少し、居心地悪そうというか、よそよそしかった。


「とりあえず、雫は俺から腕を離せ」

「ちぇー、はーい」


 雫は、唇を尖らせながらも、素直に俺の腕から手を離した。


「うん、一緒に登校しているのは私の兄だよ」

「な、なんだ──」

「そして、私の好きな人なんだ」


 安堵した表情が一転、三島君の表情が固まってしまった。


「兄妹なのに……え……?」


 兄妹なのに、おかしくない?

 そんな言葉が隠れているようだった。


 確かに、三島君の言う通りだ。それに、俺から雫に手を出したって噂も立ち回っているしな。あの時は、間違いだったけど、今は間違ってない。


 三人の気持ちにしっかりと向き合うと約束したのだ。


「えーと、三島君だっけ? 確かに、俺と雫は兄妹だよ」


 雫を背に隠すようにして、三島君と向かい合う。


「けど、俺達は親が再婚した時の連れ子同士なんだよ。だから、法律的にも問題ないんだ」

「じゃ、じゃあ……二人は好き合ってるってことでいいんですか?」

「ああ、俺は雫のことが好きだよ」


 俺の後ろでは、雫が「おにい……!」と呟いているのが聞こえた。


 ただでさえ、三人からの告白に対して保留中なのだ。不誠実だとか、何と言われても、俺は正面から向き合う義務がある。


 それが、俺なりの責任だと思って。だから、遥香や美咲のことで指摘されても否定するつもりもなかったんだが──


「そうだったんですねっ! めっちゃいいじゃないですかっ!」

「…………おん?」


 あれ、何か思ってたリアクションと違うんだけど!? てっきり、不誠実だとか、兄妹でそんなことはダメとか言われると思ってたんだけど?


「あの、俺、二人の応援してるんで!」

「う、うん……ありがと?」


 雫に「どういうこと?」とアイコンタクトを飛ばしたが、首を横に振っていた。分からないらしい。


「俺、ラノベとかアニメとかめっちゃ好きなんですけど、現実でもそういうのがあって、感動してるんすよ! うわー、最高だなぁ」


 やっべ、この子めっちゃいい子だった! 

 むしろ、一周回って、俺の言動が恥ずかしくなってきたんだけど!


「俺、水瀬先輩のこと応援してるんで、頑張ってください! 色々と、決着がついたら色々と教えて欲しいっす!」


 目をキラキラと輝かせながら、俺に手を握ってくる三島君。


「クラスの奴らが変な噂を立てても、俺が責任をもって訂正するんで安心してください!」

「お、おう……!」


 やべーよ、いい子なんだけど、ちょっとついていけねーよ。


 でも、悪い気はしないというのも事実だった。それに、ここまで純粋な視線を向けられると、後輩として少し可愛く見えた。


「ありがとうな。じゃあ、連絡先だけでも交換しておくか。俺もアニメとかラノベの話をしたいし」


 それに多分、口にしてないだけで、俺の知らない所で雫を守ってくれたこともあるんだと思う。大事にしたいっても思ったし、お礼も兼ねて、どっかでご飯でも奢らせもらおう。


 それに、この子は俺の貴重なオタク仲間になってくれるようんな気がする。


「いいんすか! ぜひぜひ!」


 それから、三島君と連絡先を交換して、彼は一足先に登校していった。


「おにい?」

「ん、どうしたよ?」

「何か嬉しかったね……」

「そうだな」


 言葉にするのは難しいんだけど、その気持ちには同意だった。


「でも、やっぱりおにいは真面目すぎてちょっとキモい」

「おいっ!」


 クスクスと嬉しそうに笑う雫に、俺はかるくチョップをするのだった。


            ※


 学校に着いて、自分の席に着くと、遥香が声をかけてきた。


「おはよ、鷹矢。来るの遅いわよ」

「別に遅刻してないからいいだろ」

「そうじゃなくて、あなたに用があるのよ」

「用?」


 何の用事だ? 心当たりがなかった。


「ええ、クラス親睦のレクリエーションがあるじゃない? その班決めなんだけど──」


 遥香と話している時だった。


「俺達もちょっといい?」


 振り返ると、声をかけてきたのはクラスの中心にいる陽キャの男子だった。


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最後まで読んでいただきありがとうございました

二章、開幕でございまーす

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