第八話 これが本当のプロローグ
「さて、呼び出したはいいが何て話したもんか……」
秀明と屋上で話してから、俺は空き教室に来ていた。勿論、三人を呼び出したのである。
秀明と色々と話してスッキリしたからこそ、三人としっかり向き合うべきだと思ったのだ。もしかしたら、呆れるかもしれない。それでも俺は、三人の気持ちをもらったままにしたくなかったし、なぁなぁ、みたいな感じは嫌だったのだ。
「いや……やっぱり三人に一緒じゃなくて、一人ずつの方が良かったんじゃないか……そ、そうだよな。場合によっては、殴られるかもなんだし──」
そんなことを一人で考えていると、スライド式のドアの向こう側から、女子の話声が聞こえてきた。だんだんと声が大きくなっていき、ドアが開かれると三人が入ってきた。
三人とも硬い表情のままでも、お互いに気まずそうな感じだった。
そんな雰囲気が伝播すると、話したいことを頭の中でまとめていたはずだったのに、忘れてしまった。
すると、口も開けなくなってしまって、胸のバクバク音だけが嫌に高鳴っていた。
「おにい……? どうして、私達を呼び出したの?それってさ、今日のこと? ……それとも。告白のこと……?」
「こ、告白のことだよ……」
「で、でもね! おにい、あれは──」
「雫ちゃんダメよ」
雫の発言を止めたのは、遥香だった。目尻に涙が溜まっており、唇がわなわなと震えていた。
「う、うん……分かった……」
「色々と考えたんだよ。三人に告白されて嬉しくてさ。それでも、気持ちをもらったままにしとくのも、どうなのかなって思ってさ」
どうせ頭の中で考えてたことなんて、今更、思い出せない。
今、この時。三人と向き合って、その中で出た言葉が俺の本心なのだと信じて。
「三人は俺を好きって言ってくれて、凄く嬉しくてさ。三人とかじゃなくて、一人だけなら絶対に付き合ってた」
『付き合ってた』という言葉に三人が頬を染めていた。そんな三人の表情を見て、可愛いなぁって思う。来週のレクリエーションで二人が他の男子とペアを組む事を想像してモヤッとした時。雫にキスされて、好きって言われて、世界がひっくり返るほどの衝撃を受けて腰が抜けてしまった時。
答えなんて、とっくに出ていたんだ。
さぁ、腹をくくれ。
場合によっちゃ、殴られるかもしれないんだから。
秀明が信じてくれた俺の誠実さ、真面目って言うのを信じて。
「お、俺も三人と同じ気持ちです」
雫と一緒にいると、視界が鮮やかに色づいてくれるようだった。
遥香からは、努力することの楽しさと美しさを教えてもらった。
美咲からは、誰かのために何かを作ることの温かさを教えてもらった。
「そ、それって……!」
「う、うん……その通りだよ」
顔が赤くなって、火照っている感覚が自分でも分かった。それは、三人も同様で、雫は落ち着きなくあたりをキョロキョロと見ていたし、遥香はその流麗な黒髪で自分の顔を隠していた。美咲は、どや顔気味になりながらも、その顔は紅葉のように染まっていた。
「でも、今すぐには返事できない。こんなこと失礼だっていうのは分かってる」
俺は床に膝をついた。
ズボン越しでも、床は冷たかった。
どうしていいのかも分からなくて、自分が最善だと思う方法で、誠意を伝えるしかなかった。
そのまま、床に頭をこすりつけた。
「ちょ、ちょっと! 鷹矢君っ!?」
美咲の慌てる声が聞こえた。
美咲の声が聞こえただけで、他の二人の息を呑む音だって聞こえた。
「お願いします。もう少しだけ、時間を下さい! 三人がモテて、たくさんの男子からアプローチされてるのも知ってる。三人が、俺にはもったいないくらいに可愛い子で、釣り合ってないって言うのも分かってる。でも……でも!」
言葉を重ねれば、重ねるほど、都合のいいように聞こえるかもしれない。
幻滅したって、言及されるかもしれない。それでも、俺は自分の本心を言わないと駄目だった。だって、それが三人と向き合う資格があるんだと信じて。
「こんな俺の事を好きだって言ってくれた三人の気持ちを大事にしたいんです……三人の好きに対して、しっかりと考える時間を下さい……」
最低なことを言っている自覚はある。
俺にだけ都合がいいって言うのも分かっている。
それでも、これが俺の本心だった。
「おにい……」
雫の声が降ってくる。顔を上げると、
「真面目過ぎてキモい……」
「……え?」
なんで、そんなリアクション?
開いた口がふさがらなかった。
「あのねぇ、おにい。私達は今日、おにいから告白の返事をされるんだって、覚悟してきてたんだよ」
「そ、そうなのか……」
だから、あんな硬い表情だったのか。
「私達はね、おにいがきっかけで変わることができて、たくさんの物をもらったんだよ。告白の返事なんていくらでも待つに決まってるでしょ。おにいには感謝の気持ちがたーくさんあるんだから、それくらい何の問題もないに決まってるでしょ」
ニシシと笑う雫。
「私が喘息で寝込んでた時、おにいが支えてくれて嬉しかったよ」
俺の頭を撫でる雫。
優しさが降り積もっていくような、温かい気持ちだった。
「そうね……雫ちゃんの言う事に一理あるわ。真面目過ぎて、ちょっと引いたわ。そもそもで釣り合ってないとか言うのもどうかと思うわ。他人が決めることでもないし、私や鷹矢が一人で決めることでもないじゃない。二人揃って、幸せならそれでいいじゃない」
優しい顔をした遥香が俺の手を掴んで、立ち上がらせてくれる。
「それに、そんな風な考え方にとらわれると、後々、しんどくなるわよ?」
少し、冗談めかして話す遥香。
まるで、経験則のような言い方にも見えたのは気のせいだろうか。
遥香の言葉がたまらなく嬉しかった。
ああ、そっか……これだって俺一人で悩むことじゃないもんな。
「もーう、膝が汚れてるよ。それに二人ともひどいよね? 鷹矢君が真面目に考えているって言うのに、キモいとか、引いたとか。私は全然、そんなことないから安心してね」
ニコニコと妙に良い笑顔をした美咲が、膝に着いたほこりを払ってくれる。
「うっわ! 美咲ちゃんだけズルい!」
「美咲! それはちょっと卑怯じゃない!」
「んー、何のことか分からないなぁ」
顎に手を当て、首を傾げる美咲。
あの仕草に、表情。絶対に分かってんだろ。やっぱり美咲は、はらぐ──
「鷹矢君、何か考えてるでしょ?」
「別に失礼なこと考えてないよ!」
「ふーん……失礼なことは考えてたんだぁ……」
「はっ!」
美咲の笑みがますます深くなっていくのに比例して、恐怖が大きくなっていくのはどういうことなんだろう……美咲、怖い、ダメ、絶対!
「まぁ、その辺は後で二人きりで、しっかりと聞くとして。あのね? 私から鷹矢君に対する気持ちの大きさは誰にも負けない自信があるよ。それだけで十分なのに、しっかりと考えたいなんて、物凄く嬉しいじゃん」
美咲は、俺の目をまっすぐ見つめて、鼻を指でこつんと叩いて来る。
「私の嬉しいって気持ちを勝手にマイナスな気持ちにしないでよね」
「わ、分かった……」
秀明の言う通りだった。
俺が真面目に考えすぎてたってのもあるが、みんなだって覚悟してる部分はあったのか。
様々なことが腑に落ちると、晴れ晴れとした気持ちになった途端。
ヤバイ……何か三人が物凄く可愛く見える。それに……ちょっとだけ体が熱い。多分、分かっちゃダメなんだろうけど、秀明がすぐに女を抱こうとする気分が今なら分かる。
まるでグツグツと燃え上がるような気分だったし、こんな可愛い子達が、俺を好きなんだっていう事実にジーンとした。
「それにしても、鷹矢君と私って両思いだったのかー」
そんな風に浸っていると、美咲がとんでもない爆弾を投下し始めた。
「ちょ、ちょっと! 美咲だけじゃないでしょ。私もよ!」
そんな美咲に、遥香が文句を言う。
「ほらほら、二人とも同じくらいのレベルで争わないでよ」
「何よ、雫は余裕じゃない」
「まぁ、私はおにいとキスしたこともあるしねー」
どや顔を浮かべる雫の頬を美咲と遥香の二人がかりでつねっていた。うわぁー、痛そうだ。
そんな景色が嬉しくて、少しおかしくもあった。
「それじゃ、まぁ、三人とも、これからもよろしくな!」
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これが最終回じゃないからね!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
皆様の温かい応援、コメントのおかげで、一章が何とか完結いたしました。
本当にありがとうございます。
また、次の投稿は明後日になりますので、よろしくお願いします。
一章、完結の記念に、フォローや♡や⭐︎を頂けますと、幸いです!
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