2022年12月2日(金)




「当れぇぇぇぇぇぇっ!」







「当れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」








「うぁあたぁぁぁれぇぇぇぇぇぇぇぃっ!」








自動販売機の前で年下の子が叫んでいる。







背中に不動明王が見える。








不動さんは物凄い睨みで自動販売機を見つめている。







視線を感じたからか、







2人ともこちらに首を振ろうとしてきたので、足早に立ち去った。







目があった瞬間、何を言えば良いのか分からなかったからだ。







まず、自動販売機の件か、それとも背中に負う不動明王のことか。








そもそもどちらも触れて良いことか分からなかったし、







触れたことでかえって気まずくなっても嫌だったので








立ち去る選択がベストに思えた。








それに、今は些細なことで殺害されることもある。






「ジュース当ると良いですね。」







などと軽はずみな発言をしたことで恨まれでもして刺されたら……。






年末前に良い笑い者である。









こんな薄っぺらい殺害理由を、








いかにも深妙な面持ちで語り合うコメンテーターの顔が浮かぶ。







唾なんか飛ばしながら吾輩を擁護し熱弁している様子を人々に見せるのだろう。







見せるための唾の飛ばしである。







ネットでは、





「明らかおかしな奴に話しかけた方も方だよね。」






と吾輩を非難する声にもまみれ、







最終どちらが被害者だったのかも分からなくなってくるのだ。







挙句、自宅でも一族末代の恥さらしと罵られ、






遺影に瓢箪とか灰を投げつけられるかもしれない。








誓っておくが吾輩の一族は、織田信長の末裔ではない。









考えれば考えるほど、立ち去るのが最善だったと思えてくる。









しかし、あんな人は初めて見た。








当たり付き自動販売機に、当れと叫ぶなんて。







宝くじに「当りますように」と静かに祈るのではない。







当れと大絶叫をしているのだ。









それも自動販売機に向かってだ。







よほど良いことに恵まれていないのかもしれない。







吾輩、一人切なくなった。







自動販売機に一縷の望みをかけて、あんなに一生懸命になれるなんて。








おかしな人だと、心の片隅で思ってしまったが、






一生懸命になるのに物事なんて関係ないのである。






どれだけ真剣に向き合ったかなのだ。







そんなことも気付けず頑張る人を、こんな風に変人呼ばわりするなんて。







吾輩、なんてちっぽけな人間なのだろう。









こんな人間の書く小説だから、誰も読まないのだ。







誰も気にとめてくれないのだ。






吾輩は今来た道を駆け戻る。






謝りたかった。








自己満足かもしれないが、






必死に努力するその姿にドン引きしたことを。








変人呼ばわりしたことを謝罪したかった。








吾輩駆けた。









ボ○トよりも早く駆けた。









織○裕二も拳を握り、叫んでくれるほど駆けた。








そして絶句した。









バラバラになった自動販売機の姿を見て。









吾輩、体が震える。










右肩に誰かが手を乗せてきた。










明日のトップニュースを飾るのは、吾輩かもしれない。


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