第3話  友達と会おう

 教室につくと、ドアからにぎやかな声が聞こえてきた。こうして学校内がにぎわうのは、朝市がある時くらいだ。ゾンビ変性病が世界中に広がり、徐々に学校制度は崩壊した。正確に言えば、人が集まらなくなってきたのだ。ある者はゾンビになり、ある者は生きるために、また、ある者はゾンビ変性病を隠すために学校に来なくなった。

 だから、こうして朝市で買い物に来る時に、皆の無事を確認するために寄るくらいだ。友達とはSNSで繋がっているけど、やっぱり実際会って、話すのは違う。別格だ。

 扉を開けると、窓際の席に一花と睦美がいた。他にも数人教室にいて、グループをつくっている。皆、楽しそうに談笑していた。


「一花、睦美」

「おー、きら。買ってきた? 魚は?」

「ダメだった。目の前で、最後の一匹、奪い取られた」

「あー……」


 ちょっと出だし遅かったもんねと一花が困ったように笑った。相変わらず一花の笑顔はふにゃふにゃと柔らかい。笑い泣きしている猫みたいだ。

 睦美が一花を振り返り、


「で、どう? 元カレ、まだ来てんの?」

「あー、うん……」


 一花は言いにくそうにうつむく。いいよどみながら、


「たっくんの親には言ったんだけどね。やっぱり、夜の九時には来ちゃうんだよね。家の前に。前はスマホで連絡取り合っていたけど……もう、たっくん、できないじゃない。それで、リビングのカーテンからそうっと家の門見ると……いるんだよね。やっぱり。家から出てきちゃうみたい。たっくんのお父さんもお母さんも、それがたっくんの望みならそのままでいさせて欲しいって。生前? は、締め付けが厳しくて自由にさせてやれなかったからって……でもね」

「四年前に二か月だけ付き合っていただけの男でしょ。しかも向こうからふってきたっていう。迷惑な話だよね」

「うん……でも、たっくん医者目指すって言ってさ。ゾンビ病治すんだって。それで、自分の学力じゃ、今からやらないと間に合わないからって……本当に頑張っていたんだよね。それ思うとさ、あの時はあれしかなかったんだって思うんだよね」


 一花は伏し目がちに話した。白い毛糸の手袋をした指先をくるくるとまわす。まるで一花自身どうしたらいいのか迷っているみたいだ。

 私はわざと声を張り上げて、


「あー、でもさ、ほら、ゾンビになった人ってなる前の習慣とかやりたかったこととか、強く心に残っていたことをやっているっていうじゃない。きっと、一花と夜のデートしていたことが一番、たっくん? さんにとって、思い出深いというか、心に残ったことなんだろうね……そう思うとさ、ゾンビになった人って、もしかして幸せかもしれない。だって、自分の好きなことずっとやっているし……ご飯食べなくていいし、寝なくていいし……もう死んでいるから死なないし」

「えー、じゃあ、きらはゾンビになりたいってこと?」

「そういうんじゃないけど……」


 キーンコーンカーンコーンと授業が始まるチャイムがなった。

 睦美がおどけたように席から立ちあがる。


「おっと。そろそろ行かないと」

「今日は何するの? 畑?」


 チッチッチッと睦美は指を振って見せた。


「田んぼ。いとこの家で脱穀するの。手伝って、新米貰うんだ。新米、うまいよ」

「いいなあ、新米」

「一花のとこは作ってんじゃん。もう、脱穀終わったでしょ」

「でも、お父さん、新米から売ってくんだもん。うちは古米ばっかりだよ」


 それでもいいなと私は思う。うちはアパートだ。畑はもちろん田んぼもない。庭がある人は庭に畑を作ったりしているが、それもできない。今はかろうじて営業しているスーパーが閉店してしまったら、食料の調達はどこでしたらいいのだろう。こういう時、公務員の両親を恨む。でも、そうは言っていられない。食料の調達方法は現在進行形で探さねば。

 じゃあね、と言って睦美は帰っていった。ひとつに縛ったポニーテルがぴょんと跳ねる。気のせいか、睦美は授業があった学校時代の時より、今のほうが生き生きとしている気がする。勉強が嫌いなのだろう。

 一花がくりっとした目で私を見て、


「どうする? 帰る?」

「……そうだね。そうしよう」


 魚も手に入らなかったし。今日の夕飯は魚の塩焼きにしようって決めていたのだ。冷蔵庫の中は空っぽだし、どうにか魚を調達しないと。

 他のクラスメイトに声をかけて、一花と一緒に校舎を出た。九時半過ぎともなれば、日も登ってきて、日差しは弱いけど、だんだん暖かくなってくる。

 私は一花のしている白い毛糸の手袋が気になった。たしかに寒い。だが、手袋をするほどじゃない。今日、出会ってから一花は一回も手袋を外さなかった。つまり、そういうことなのだろう。

 私は包帯の巻かれた自分の右薬指を見た。クラスでも肌を出さない人が増えてきた気がする。気温のせいだけじゃない。皆、そうなんだろう。私の右指もいつか黒い肉が広がって、手だけじゃない。腕や、そのうち、上半身にも侵食するのだろう。


「……」


 私は思わず右手を握りしめた。唇を噛む。右薬指の指先の感覚はない。でも、動かすことはできる。


「きらり、どうしたの? 暗い顔している」

「え? 別に、なにもないよ」


 私は、あはは……と愛想笑いする。一花がなにかを察した様子で、


「そう……無理しないでね」


 と言って、私の両手を白い手袋をした両手で取った。私の両手をふわりとした感触が包みこむ。正直、暖かい。

一花はきゅっと指先を軽く握る。


「ねえ、きらり。また、ふたりでマニュキュア塗れる日が来るといいね」


 目の前に一花の広い額が見える。ふわふわの髪。前髪は赤いピンでとめている。女の子らしい一花。それが欠けてしまわないことを私は切に願う。

 私は胸が熱くなった。なんだか泣きそうになったところをぐっとこらえる。一花はそんな様子の私を気づいてか、気づかないふりをしているのか、優しく微笑んだ。


「じゃあね。きらり。またね」

「うん。また」


 毎日学校に行くわけじゃないからまた明日とは言えない。とはいえ、このご時世、毎日会う予定もとりつけられない。

 私と一花はお互いに大きく手を振って交差点で別れた。

 私は一花の白い手袋を目で追う。


 ――また明日。またね。


 あと何回言えるのだろう。

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