第5話 ルシフモート
暖房の付いた3LDKのマンションは広く、家電や家具以外の物は基本的に片付けられている。表に出ているのはシオンが脱ぎ捨てたダッフルコート、ソファーの前のガラステーブルの上に雑に置かれたつば広の帽子やサングラスと言った小物、窓際にある天体望遠鏡、その隣に置かれた鳥の餌ぐらいだ。
「改めて、私は
紅茶が抽出されるのをオープンキッチンで待ちながら、いつの間にかベスト姿になった太一さんが流れるように自己紹介をしてくる。ネクタイピンまでして、身なりが行き届いてる。
1番聞きたい事なんて決まっている。すぐに自分自身を指差した。
「この体について教えて下さい! 僕はどうなってしまったんですか? なんで殺されて、シオンにまた殺されようとしてるんですか?」
「は? それさっき俺が説明しただろうが」
「あんな説明で分かるか!」
シオンが横から口を挟んできたのを一蹴し、視線で太一さんに説明を求める。
「ふんっ」
シオンは不機嫌そうに鼻を鳴らしタブレットに視線を戻す。
照明に当たって焦げ茶色の髪をした太一さんが僕の前にティーカップを置き、もう1つをシオンの前に置いては床の上のダッフルコートを片付けだした。
「ふむ、まずは私達の目的――そうだな、順を追って最初から始めようか。夏樹君は地球の中ってどうなっていると思う?」
「え?」
急に話の質が凄く変わった気がして何度も瞬いた。この体と地球の中に一体どんな関係があると言うのか。
「……マントルでしょう?」
「万国の共通認識としてはそうなっているな。だけど本当は違うんだ。異文化も混じるから、ここからはところどころ近い意味の日本語に置き換えて話すよ」
太一さんから目を逸してはいけない気がして、紅茶も飲まずに頷く。
「地球の中には少しだけ空洞があってね、そこにルシフモート帝国として人が住んでるんだよ。君達がアガルタやシャンバラと呼んでいるような、荒地の地下帝国がね」
太一さんの話に何にも反応出来ず、何時の間にか対面に座っていたベスト姿の人物を見やる。
地下、帝国?
えー、っと……地底人が実在している、って事か? うん、そういう創作って多いよな。うん。
でも、これは創作じゃない。現実に不思議な事は起きている。昨日の僕だったら笑い飛ばしていた話を、今日の僕は笑い飛ばせなかった。
「私は日本人と言えなくはないが、シオン君はルシフモートの第一皇子だ。ルシフモートは女性しか皇位を継げなくてね、前女帝が崩御されて皇位は現在皇子の妹にある。皇子は国を守る為地下から地上に出て来たんだ」
「お、皇子ぃ?」
その口から飛び出してきた意外な単語に目を丸くした。
皇子。国で1番偉い人の息子。
嘘、と思ったが、シオンの偉そうな態度もプライドの高さも「皇子」の一言で腑に落ちてしまった。タブレットで観てる物と言いそこの天体望遠鏡と言い、やたら宇宙系を摂取してるのも地底人の憧れみたいな物、か?
「シオンが使っていた不思議な力って、そのルシフモートに関係してるんですか? いきなり鏡とか出て来たんですけど……」
「ああ。そうだな、出来ない事もあるがあれは使い勝手の良い魔法さ。ゲームで言ったらレベルが上がっていくと使える魔法が増えるタイプでね。攻撃は勿論、空中飛行、遠隔操作、翻訳、上級者だと肉体改造なんかもお手の物。ルシフモート神話の主神が使っている力にあやかって私達はキリエと呼んでいて、ルシフモート人なら好きにあれを使える」
「僕を生き返らせたのも、そのキリエってのですか」
「その通り。蘇生なんて普通出来ない事を、人一倍キリエに優れた血筋である皇族の1人が神話の真似をしてやってしまったんだ。結果中途半端な姿で生き返らせてしまった」
「だから成功だと言っているだろう!」
太一さんの説明に間髪入れずシオンが横槍を入れているが、今はそれも液晶画面を挟んだように現実味の無い光景に思えた。
「シオンは……何かと戦ってるんですか?」
「あの少女を殺そうとし、結果君を殺した存在とだよ。君を殺したのは女性だったが――彼らはルシフモートの犯罪者だ」
犯罪者。
ゴクリ、と唾を飲み込んで黙って顎を引く。
「彼らは密航者なんだよ。ルシフモートから地上に出るのは犯罪なんだ。地上の子供の心臓を取り出す儀式を夜にしたらキリエの力が強くなる裏技があってさ。一部のルシフモート人はどうにかして地上に来て、危険を犯してでも儀式を再現しようとしてる。さっきのあの子は近所のマンションの子供らしくてね、母親がコンビニに行った事に気付いて目を覚まし、後を追い掛けて家を飛び出して迷子になっていたみたいだよ」
「最近行方不明になった子供達もそいつの仕業、って事ですか」
「察しが良いね、十中八九そうだろう。地下通路に無数にある出入り口の近くに住む子供のが儀式には良いからな。君が助けた女の子はその儀式にと、連れ攫われかけた。あの時君が飛び込んでくれなかったら、あの子は殺されていたな。君は邪魔をしたから殺されたという訳だよ」
話を聞いていく内に眉間の皺が深くなっていく。子供が絡む事はなんだって気分の良い話ではない。
「そ、そんな事までしてなんでキリエを強化したがるんですか……?」
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