第6話 キリエ
「地上にも居るだろ。自己実現や欲求の為に犯罪を犯す馬鹿が」
僕の話を遮ってシオンが吐き捨てる。何時の間にかタブレットを閉じていて、白いティーカップを手にしていた。
その表情に先程のような人を突き放したところは無い。真剣で、憎々しげで、揺るぎない。
「そういう奴が地上で暴れるとな、いつかは本国の存在がバレてしまう。そうしたら地上の奴らは絶対に本国に興味を持ち、最終的には核だバイオテロだって侵略してくるだろ。そんな事されてみろ、俺等にキリエがあったとしても地形的にひとたまりもない。一度地上帰りの奴が大暴れした事件もあったし、出入り口を塞ぐのは意味が無い……民はいつ地上人や、太刀打ち出来ないくらいキリエを強化した奴が攻めて来るか不安でいっぱいだ。そこで馬鹿共を狩る対策班が設けられ、俺もそれに名乗りを挙げたんだ。本国の安寧を維持していく為に、な」
何時になく雄弁なシオンの指先が、ティーカップを強く握っている為に白い。
そんなシオンに答える言葉が思い付かなくて、間を埋めるように熱い紅茶をズズッと飲んだ。
「た、太一さんは……何者ですか? 日本人なのでしょう?」
「私は皇子の助手――いや、道具だよ。対策班の活動をサポートする為にキリエで造られた人工生命体だ。主に偵察と情報管理、後は資金繰りをしている。宜しくな」
頬を持ち上げながら言われた言葉に瞬く。
人工生命体――ホムンクルス。そんな存在も居るなんて。
その時、ソファーから絶対にドヤ顔で言っていそうな声が聞こえて来た。……さっきまで怒っていたのに忙しい奴。
「誰の力も借りないくらい使えるのを造ろうと思ったんだ。映画やアニメを参考にして日本人に好かれそうな顔や性格にして、相談までして練ったもんだ。なのに最近チクチクうるさくなりやがって……俺は設計者だぞ」
最後だけ舌打ちしたものの、その言葉に妙に納得してしまった。
初めてこの人を見た時、液晶画面をぶち抜いて来たようなイケメンだと思ったけど、あながち間違っていなかったようだ。そりゃイケメンになるわ。
それにサブカルをベースに……と言うのも納得ポイント。大仰な喋り方にも理由があったのか。アニメキャラとかって相手が誰でもこういう喋り方するよな。
「アニメキャラってチクチク言うタイプ多いだろ。太一さんよりお前のセンスだと思うけどな」
改めて正面で紅茶を飲んでいるベスト姿の人物を見ながら返すと、黙れと不機嫌そうに言われた。
「これはこう見えて生後1ヶ月の赤子だ。こっちに来てから作ったから、あんな説明しておいて本国に行った事が無いし。そうそう」
シオンが思い立ったようにチラッと太一さんを見た次の瞬間――イケメンが消えた。
「え」
目の前が急に広くなって、オープンキッチンに収納されている麺つゆまで見えた。
太一さんはどこに行ったんだ。そう思った時。
太一さんが座っていた席から、1匹の赤いインコが飛んできてテーブルの上をひょこひょこ闊歩し始めたのだ。青い尻尾が綺麗なインコは目の前で止まると、まるで人間がやる時みたいに僕を見上げてきた。
「え」
状況が飲み込めない。……このインコってもしかして。
「あんまり完璧で腹が立ったから、偵察なんかで取る姿はインコにしてやったんだ。どうだ、面白いだろう!」
インコと睨めっこしていると楽しそうな声が室内に響き、止まっていた思考が動き出す。
アニメなんかでは良く魔法使いや使い魔的なのが烏や黒猫に変身出来るけど、太一さんもそれが出来る、って事か?
だけど。
「面白くないね! インコ可愛いじゃん! インコ馬鹿にするな!」
赤いインコが逃げるようにぱさぱさと椅子に戻っていく中、第一印象通り陰湿な奴に叫んでいた。
「黙れ! 最近ベランダで鳥に餌を上げるようになって困ってるんだよ!」
家に鳥の餌がある理由を怒鳴り返される中、前触れもなくベスト姿の太一さんが現れた。
「わっ!」
思わず声が出る。どろん、みたいな煙も効果音もなくて、本当にいきなりだったから。
「インコ可愛いって言ってくれて有り難う……皇子も強制的に戻さないでくれよ……餌も良いだろ……」
消え入りそうな声で太一さんは呟き、顔を上げる事なく紅茶を飲み始めた。黙れ、と犯人が楽しそうに言う中、返す言葉もついつい選んでいる自分が居た。
「ま、まほ――キリエって凄いですね。驚きましたよ。服もちゃんと元に戻ってて凄い」
インコから戻った太一さんの服には1つも乱れがない。衣服が関係ないのは変身のお約束ではあるけど、どういう理屈なんだろう。
「ああ……これは夏樹君も出来ると思うよ。君が使えるキリエと言える」
「僕、も?」
意外な言葉に瞬く。僕にもキリエが使える、って意味だよな? なんで? 生き返った影響か? 目を見張って驚いている僕に、太一さんは続ける。
「言うのが遅くなって申し訳無いが、君は青年の体になれるよ」
「え!?」
寝耳に水の言葉についテーブルに身を乗り出していた。ごつん、と肘がティーカップに当たって微かに揺れる。
これは驚く。家に帰れないかも……と本気で悩んだんだから。暗くなった気持ちがぱあっと晴れていく。
「殺される前に戻るだけで、維持時間も半日程だけではあるがな。これを持って青年に戻った自分を強くイメージしてみたまえ」
調子の戻って来たイケメンが椅子から立ち上がり、オープンキッチンから黒色のキッチンタオルを手繰り寄せ手渡してくる。
「えっと……」
言われた通り今一番焦がれている姿を思い浮かべる。
一瞬視界が暗転し、目線の高さが先程よりもずっと高い事に気が付いた。キリエの影響か少し疲れたけど、そんなの構わず慌てて首から下に視線を落とし己の姿を確認する。
手の大きさ、足の大きさ。何度見ても、大学生の僕だ。本当だ、戻ってる。体も、服も。
でも。
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