第40話
夜斗が母校に行った翌日
夜斗が実家…というより、記憶を探しに行くのは初めてのことではない
先程どこかへ出発した夜斗が少し憂いの表情を浮かべていたのも、記憶がある弥生にとっては理解できる
「…あ、お墓参りいかなきゃ」
弥生の出身も当然夜斗と同じ沼津だ
5年ほど前に大型ショッピングセンターが完成してからは多少の賑わいを見せているとはいえ田舎
バスや電車では無理があるため弥生は車へと向かった
(記憶を取り戻したら、夜斗は私によそよそしくなる…気がする)
弥生は全て知っていた
姉である美月から聞いていた「好きな男の子」のことは気になっていたし、実際会ったこともある
とは言え当時の弥生は人見知りを発揮してまともに話したことはないのだが
(お姉ちゃん…あんなに好きだったのに、寝取りみたいになった)
とはいえ2人が画策したわけではないのだから無関係ではある
小学生の恋愛を大人のそれと同列に扱いのは違う、という持論はあるがそれも言い訳でしかない
(実家、か。もう何年も近くに行ってない…というか、売ったからよる意味もないけど)
夜斗の実家よりは安値だったが、親も姉も亡くした弥生は家を売り払っていた
今では別の人が住んでおり、聞けば仲のいい夫婦が愛を育んでいるという
(…私たちは、本当は両親のことを知っている。夜斗が忘れているだけで、ほぼ幼馴染。けどそれを知った夜斗が、知っていた私をどう思うかは別の話)
信号で止まり、買ってきた紅茶を飲む
夜斗が好きだというアールグレイティーも、今だけは味も匂いも感じない
(怖い。けど、夜斗が前に進めるなら、それでいい。運命が元々決められたものなら、今更焦っても仕方ない。それに、今の私ができるのは)
アールグレイをボトルホルダーに差し込むと、ちょうど信号が青に変わるところだった
(今の私にできるのは、夜斗が離れないと信じて待つことだけ)
目を擦り、ふと対向車線を走るバイクに目を向けた
(…夜斗、今日帰るとは言ってたけど、夕飯いるのかな)
すぐに視線を戻してまた信号で止まる
沼津につくまであと45分ほど。墓場まではさらにあと15分
一人で行くのは久しぶりのことだった
それからちょうど1時間ほどで墓場に到着した
車を降りて後部座席からお参りセットなるものが入ったカバンを取り出す
お参りセットは要するに線香と風防付きライターが入った小物入れだ
「…火は…つくね」
半年ぶり…下手すればもっと来ていない
そのためガス抜けの可能性や線香が湿気ている可能性も考えていたが、とりあえず問題はなさそうだ
問題は線香に火をつけられるかどうかだが
「……久しぶり」
墓の前で手を合わせる弥生
線香には問題なく火がついたため、少しホッとした表情を浮かべつつ供える
家の墓場は向こう15年分料金を納付してある。それは生前の両親からだされている
「……お姉ちゃんは知ってるかもしれないけど、夜斗と結婚した。記憶が戻ったら、別れを切り出されるかもしれないけど」
少し悲しげに笑う弥生
特にそれ以上話すことはしない。元々墓参りだけして帰る予定だったのだ
持ってきたカバンを肩にかけて歩き出すと、目の前に夜斗がいた
「奇遇だな」
「夜斗…!」
「お前の両親の墓参りにきたんだ。あと、姉さんの」
「…っ!記憶が戻ったの…?」
「ああ。嘘だと罵っても構わんが、聞いてくれや」
夜斗は昨日起きたことを話した
小学校へ行ったことと、雪菜が行方不明になったこと
屋上で美月――弥生の姉に会ったことを
「弥生は知ってたんだな。俺が、お前の姉を殺したやつだって」
「違う…!夜斗が手を出したわけじゃ…!」
「直接的には、な。昨日霊斗にも似たようなことを言ったが、関わらなければ俺が刺されることもなく、刺されなければ助けようとすることもなく、助けようとしなければ轢かれることもなかった。そう考えちまうんだよ」
「…けど」
「…ま、そんなのはあくまで可能性の1つでしかないんだけどな。それに、弥生と会ったのはただの運命だ。かつて会ったこともあったけどな」
「…本当に思い出したんだ…」
俯きながら、絞り出すように言葉を紡ぐ弥生
夜斗はポケットから線香とライターを出して墓前で火を点け手を合わせる
「…夜斗は、隠していた私に何を思う?嫌いになった?」
「んぁ?ならねぇよ、隠したいことくらいいくらでもあるだろ。特にこれに関してはな」
夜斗は持ってきた花を花瓶に差して、柄杓のようなもので水を足した
「それよか、弥生が無理して契約結婚したんじゃないかとは思ったがな。恨み混じりに、補助金の負担を俺に押し付ければ多少復讐として成り立つ」
「そんなこと…!」
「ねぇだろうな。本気でその気なら、他にやり方はあった。自分の人生を犠牲にしてまでやる必要はない。それこそ、俺と雪菜の仲の良さを利用して浮気をでっち上げるほうが得にもなるしな」
「……」
「だからその可能性はすぐに捨てた。次に浮かんだのは、弥生が隠していた罪悪感を抱くことだ」
「…それは、ある」
「隠すより酷いことをしたつもりだがな。忘れていたほうが問題だ」
「…けどそれは、防御反応だから…攻めるほどのことじゃない」
「まぁ、問題があるとすれば子供の頃の弥生を忘れてたってことだな。思い出して再認識したが、弥生は今も昔も可愛い」
「…え?」
「いつも美月の後ろに隠れて様子を伺ってたのを思い出した。挨拶も小さい声ではあったがしっかりできる子だった。だから俺や親父たちの印象に残っていたな」
「…忘れてたけど」
「何も言い返せねぇ…」
駐車場まで戻るまでにも、夜斗は話を続けた
忘れていたものを思い出して得たものを吐き出す
「弥生がそれを隠していたことに悪意があるのなら話は別だが、そんな色は見えなかった。悪意があれば輪郭が赤く見える」
「…そっか、色見があるから…。悪意はないのは正解だけど、打算はあった。夜斗が思い出さなければ、この生活を維持できるって思ってた」
「まぁそういう考え方もあるか。だが思い出したところで俺は変わらない。美月に笑われちまうしな」
「…お姉ちゃんと会った、って言ってたけど…どうやって?」
「それはわからん。いたから話しただけだ。地縛霊だとか言ってたけど、消えたから成仏したんじゃねぇの?」
「そう…。成仏できたなら、よかった。恨まれてると思ってたから」
「俺を奪ったって?じゃあこういうことにしよう」
夜斗は先を歩いていたが体ごと弥生に向き直り、立ち止まった
そして笑いながら言う
「お前が美月の分も含めて俺を幸せにしてみせろ」
「…え?」
「俺を奪ったと思うんだろ?けど美月はもういない。なら美月が俺に与えるはずだった愛と、弥生自身の愛を俺に向けてみな。許してくれるかもしれんぞ」
「与える…はずだった、愛…」
「まぁ俺はそういう考えができない人だからなんとも言えんが。それに、もし美月がいたとしても契約結婚のモデルはやらされていただろうしな」
先にも話していたように、それを気に病んで美月の負担になってしまう未来もあり得たのだ
苦しめるくらいなら、という言い方もできる
「…お姉ちゃんが、夜斗にどれだけの愛を向けてたかわからない。それに、私は夜斗に最大限の愛を向ける。だからお姉ちゃんの分は無理」
「ならそれでいいんじゃねぇか?弥生が納得するように愛し合えばいい。死後に文句言われたら言い返してやるさ」
夜斗はまた歩き出した
その視線の先には、ここまで来るのに使ったバイクがある
弥生はそのバイクと夜斗の間に割り込んだ
「私は、お姉ちゃんに負けない。夜斗のためにも」
「そうしてくれ。俺も今更、そんなことで弥生と離れるなんて言わん。というか離れるのは耐えられんしな」
「…そういう恥ずかしいことは言わなくていい」
弥生は小さい声で、それでいて夜斗にはっきり聞こえる声でそういった
車へと走る背を見つめてから、背後に意識を向ける
「…これで満足かよ、美月」
【そーね。前を見て生きてほしいもん】
そんな声が聞こえた気がした
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