第39話

静岡県沼津市千本浜海岸堤防上



「どうしたんだ、夜斗」



缶チューハイを片手に声をかけてきたのは霊斗だ



「…霊斗か。いや、忘れてたものが大きすぎたな…って」


「いいじゃねぇか、思い出したなら。あの子も浮かばれるぜ?」



ぷはぁ!と勢いよく飲み干した霊斗に目を向けて、ため息をつく



「お前は悩みが少なそうだ」


「バカって言ってんのか?あぁん?」


「…いや。お前が抱く悩みなど大半が俺関係だしな、あえて言及しないでおく」



霊斗は目を丸くして夜斗を見た

なんだよ、と視線を切るように手をふる



「自覚あったんだな」


「ぶちころすぞテメェ…」


「ま、それも含めてお前だ。冬風夜斗の周りにトラブルがないなんてあり得ない。楽しきゃいいなんて時代は去年に終わっちまってる」


「…そうか、お前は去年卒業だったな。就職してから結婚するとか言ってたのが懐かしい」



またため息をついて今度は海に目を向ける夜斗

潮風が少し伸びてきた髪をはためかせ、目を乾かす



「後悔してんのか?あの子助けられなかった、って」


「…そもそも関わらなければ俺は刺されなかったし、刺されなけりゃ俺を助けなかった。俺を助けなければ車に轢かれることも、犯されることもなかったはずだ」


「……あんま理系の話わかんねぇけどよ」



霊斗は前置きをしてからもう一口酒を飲み、海に目を向けた



「そんな仮定は無意味だよ。あの時こうしておけば、なんて検証できないことを考えるのは、人間がもつ希望的観測でしかない。並行世界説が立証されるまでは、運命一本道だ…と思わないとな。あの時それを選んだのは必然であり、別の可能性は世界に存在しなかった。そう考えたほうがストレス少なく長生きできそうだろ?」



今度は夜斗が目を丸くする番だった

そして霊斗に目を向け、わざとらしく数回まはたきをする



「なんだよ」


「そんな理論的な話できるなんて…お前誰だ」


「お前ちょいちょい俺に対してだけ失礼じゃね!?」


「信頼の証だ」


「じゃあいいや」


(チョロい)



また海に目を向けてため息をつく



「なんだよ今度は」


「考えちまうんだよ。それでも、あの子がいたらあの子と結婚してたんじゃねぇか?って」


「浮気だな」


「そう考えたら嫌だな」


「けど契約結婚のモデルになることが運命で決まってたとしたら、今頃あの子は泣いてるだろうな。夜斗を最初に確保しておいたのに泥棒猫に取られたって」


「かもな…。結果的には、最善の道を辿ったのかもしれない。けど俺が人を殺したのは事実だ」


「夜斗…」


「だから俺は、老衰で死んでから死ぬほど惚気けてやることにした。あの子が俺を好きだって言うならそんくらい付き合えってことで」


「…まぁいいんじゃね?その分惚気の甘さが分散されるし」


「されねぇよ?この愛は永久に不滅だ。どんなに使っても無限に湧き上がるんだからな」


「そうかよ」



ヤレヤレ、とわざとらしく肩をすくめる霊斗に向けて少し笑う

後ろから雪菜が大声で呼んでいるのが聞こえた。2人は黄昏れるためにここによってもらったのだ



「霊斗」


「今度は何だ」


「ありがとな。色々」


「…おう」


「これからも、この冬風夜斗をよろしく頼むぜ。弥生のこともな」


「任せろ。俺よりもお前を理解してるやつは今のところいないからな」



拳を握った腕を打ち合わせて、2人は雪菜が待つ車へと向かった



「そういやあの子の名前はなんだったんだ?」


「ん?ああ、言ってなかったな」



車に乗り込み、雪菜からの説教が終わって走り出した

遅すぎると説教されていたのだが、それでも長い時間を待ったのは雪菜の空気を読むスキルあってのことだろう



「橘美月みづき。弥生の姉だよ」

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