第36話

音楽室のドアは鍵が開いていた

目を合わせ、中に入ると同時に周囲を確認する

雪菜は――いない



「…おかしいな。音響探査的にはここにいるはずだが」


「神隠し、とでも言うんかな。…また便箋落ちてるぞ」



夜斗は霊斗が指し示した方向に目を向けた

そこにはピアノがあり、その上に便箋があった



「…友達はいらないよね?私を捨てたのに、他の人を得るなんて許せない。なんで私を捨てたの?怖かったのに」


「…夜斗、これって…」


「…ああ。本格的にまずいな。学校内で簡単に人を殺せる場所は…」


「…!わかった、屋上だ!音楽室のベランダから屋上に出る階段があるはずだ!」



霊斗がテラス窓に駆け寄り鍵を開ける

出るのと同時に姿が消えた



「霊斗!?」


「いって…。まさか崩壊してるとは…」


「…バカかお前」



床を確認することなく飛び出た霊斗は、2階に落ちていた

ため息をつきながら夜斗も飛び降り、霊斗に肩を貸す

そして起き上がった霊斗と共に外階段を登ってたどり着いた屋上には



「雪菜…と、誰だ?」


「ユキ…!あんたは…だめだ記憶にない、俺そういえばコミュ障だったから人の名前あんまわからん」



柵が腐り落ちて安全性が消え去った屋上にいたのは、雪菜と1人の少女

見た目は中学生かそこらで、眠る雪菜に膝枕をしている



「よくわからんが雪菜から離れろ、と警告しておく」


「やっと来たんだね。10年待ったかいがあるよ」


「…霊斗。1度離れろ。30分で音楽室に戻らなかったら警察を呼べ」


「え?け、けど2人のほうが…」


「早くしろ!」


「わ、わかったよ。怒鳴るこたねぇじゃん…」



霊斗は渋々来た道を戻って階段を降りた

そして夜斗は少女に目を向け、顔を伏せる



「…これが失った記憶の全てか」


「ああ、思い出したんだ?じゃあ話してみてよ」


「…18年前、実家の近くに同い年の女の子が住んでいた。朝から晩まで近くの公園で走り回ったり、家でカードゲームをしたりするほど仲が良かった」


「……」



少女は黙って夜斗の話を聞き、続けてと目で促した



「その子は小学校に入ったとき同じクラスだった。そして、学年では1番の人気者だった。そしてその人気者と仲がいい俺は、5年生の時からいじめられるようになった。今思えばガキのくだらん嫉妬だが、それでも当時の俺は心を病んだ」


「…そうだね。君は、私と仲がいい。それだけで恨まれて、殴られ蹴られ、あげくナイフで刺された」


「帰り道での犯行だったし、同じ学校の奴らはお前と仲がいい俺を嫌っていた。だから見過ごし、動かない俺を面白くないと思った実行犯も家に帰った」



何故忘れていたのかわからないほどの強い記憶

吐き気を催す邪悪を思い出し、それを震える声で言葉にする



「刺されてからしばらくして、お前が通りかかった。動かない俺を助けようと、近くの家に駆け込んだ。そして、救急車が呼ばれることになった…はずだ」


「まぁそこはわかんなくてもしかたないね。事実救急車は手配されたよ」


「俺が刺されたのは横断歩道ではあったが車通りは少なく轢かれることはなかった。俺の手を握って離れないお前の手を振り払おうとしたんだ」



幼いながらも車道は危険だとわかっていた夜斗は、手を握る少女を歩道へと押し返そうとした

しかしそれでも頑固な少女は離れようとせず、ずっと手を握っていたのだ



「俺は救急車を手配した近くの家の人に抱えられて歩道に移された。のとほぼ同時に、車が来た。そして一瞬で、お前を撥ね飛ばして逃げた」


「アレは怖かったよ。自分の身長より高く飛んだ」


「…そうだ。それでお前は、頭を強く打ち付けて



夜斗は取り戻した記憶を全て吐き出した

わざとらしく手を叩く少女は、いわゆる裏手拍子をしている



「さすが、思い出したね。けどちょっと訂正。私は即死はしてない。頭を打ち付けて、流れる血を眺めながら15分ほど苦しんだんだよ。その間に救急車がきて、君は病院へ。私は助かる見込みがないからと歩道に避けられて布を被せられた」


「…悪いがそこから先は知らんぞ。病院へ運ばれてるし」


「うん、それはしょうがない。だから教えてあげる」



少女は近所でも人気があった

元気な挨拶、真面目、育ち始めた体。どれをとっても当時の同級生の中では頭一つ抜きん出ていたのだ



「私は死んだと思われてたから、「ショックで倒れる人がいるかもしれない」と救急に通報した人が自宅に私を運び込んだんだよ。それで近所の人は納得して帰っていったけど、その人は終わりにしなかった」


「…ほう」


「私の体をオモチャにして、性欲の発散に使ったんだよ。無垢な少女の穴という穴に、何度も自分の性器を入れて。その時の言葉を教えてあげる」



夜斗は少し眉をひそめて続きを促した



「『妊娠のリスクがない死体相手なら許されるだろう』ってさ。まだ生きてるのにね」


「…どうしようもないロリコンだな」


「あっはは、そうだね。だから私は、声が出せないなりに助けを求めてたの。夜斗が助けてくれたら、せめて誰かに言ってくれれば痛いのは終わる。また夜斗に会えればそれでいい、って。けどそんな思いは虚しく、その行為はたしか3時間くらい続いたかな?しばらくして警察がきて男は逮捕されたけど、さすがに強い痛みと出血多量で私は死んだ。殺されたんだよ、君に」


「…手を出したわけではないが?」


「それでも、君を助けようと近くにいたのに引き剥がされて撥ねられた。さらに、駆け込んだ家の家主に犯された。わかる?私の恨み」


「…わからんな。わかった、などと知ったふりをするほど知見は広くない」


「教えてあげる」



少女はゆっくりと雪菜の頭を地面におろして立ち上がった

黒いセーラー服についた土を払い、夜斗に歩み寄ってくる

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