第34話

夜斗は車から降りると同時に膝から崩れ落ちた

霊斗も膝に手を付きながら荒い息をしている



「し、死ぬかと思った…」


「雪菜…帰りは、俺が運転するわ…」


「あ、じゃあお願いします。あまり運転好きじゃないんですよね」



雪菜は下手なわけでは無い

ただ、動きに滑らかさが少ない

車線変更も急にくる上スピードが乗ってるため、乗り手への負担が高過ぎるだけだ

夜斗も大概スピードを出すが、それでも荷重移動は少ない

人によってはそれを運転下手というのかもしれないが、少なくとも法律遵守の上で周囲の安全だけは確保されている



「さて、小学校についたわけだが…借りた鍵はどこのやつだ?」


「職員入り口だよ。だから…あれ、どこや」


「職員入り口知らんぞ。記憶ないし」


「探してくる」



霊斗は歩いて何処かへといった

普通に歩いて一周すると10分はかかるため、夜斗は近くの木陰に腰を下ろしてタバコの電源を入れた



「…健康増進法って知ってます?」


「あれで禁止されてるのは学校法で守られた敷地だ。ここはもう違う」


「そうですね…。ここが先輩の母校ですか」


「ああ。少しだけ戻った記憶によると俺は問題児だったらしいな」


「想像つきませんね。宿題忘れとかですか?」


「人殴ったり窓壊したり」


「想像の斜め上なんですけど…」


「まぁ窓割ったのは冗談だけど、喧嘩したらすぐに全力で殴ってたらしいな」


「他人事ですね」


「正直記憶が戻っても、映画を見てる気分だからよくわかんねぇんだよ」



雪菜が夜斗の隣に座り、校舎に目を向けた



「のどかですね」


「そうだな。つかあんま近く来んな、霊斗に怒られる」


「むしろくっついて写真とっときましょうか」


「それを盾に何をさせる気だ」



狡猾魔女はこういうことをよくしていた

そのため夜斗が雪菜に恋愛感情を向けることはまったくなかったのだが



「先輩って存外クズですよね」


「すごいこと言うよなお前。先輩だぞ一応」


「だって彼女今まで何人いたんですか」


「覚えてねぇよ。過去は振り返らない」


「全員に浮気されるとかもはや天文学的確率だと思いますけど」


「まぁな。お前も気をつけろよ」


「私の旦那様はそんなことできる度胸ありませんよ。そういえばさっき女の子を助けたみたいですね」


「ああ。俺に惚れた子な」


「鼻につく言い方ですね…。あの子可愛かったのに、良かったんですか?キープしなくて」


「弥生と別れる気はない。それに、弥生のほうが可愛いし。というか弥生以外はオブジェクトであり四捨五入したら同じだからな」


「理系の惚気めんどくさいですね。素直に弥生さんしか見えてないって言えないんですか?」


「お前はわかるからいいだろ。そして、弥生以外と人生を共にする気はない。別れてほしいと言われれば別れるけど、俺からは言わない。もうぞっこんだからな、別れたあとは腹を斬る」


「介錯はしてあげますよ。木製ノコギリでいいですか?」


「拷問器具じゃんそれ」



切れ味の悪いノコギリほど拷問に適したものはない

苦痛とともに死を与えるのだから、相当見るのもやるのもやられるのも辛いのだ



「先輩は死にませんよ。というか死なないでください。私を止められるのはただ一人、先輩だけですから」


「物理的に止めなきゃいけないしなぁ…。もう少し耐えろよ」


「大抵は霊くんに非がありますけど」


「何も言えねぇ」



戻ってきた霊斗は案の定近すぎると怒った

夜斗も雪菜も笑ってのらりくらりと回避するのだが



「あったのか?」


「…ああ。開けてきたから行こうぜ」



すぐに切り替えられるのは霊斗のいいところだ

しかし元カノにフラレた時だけはかなり引きずっていたが



「ここか。お邪魔しまーす」



土足でいいとのことだったため、靴を脱がずに上がる

と同時に、夜斗の脳に電気が走ったように少しだけ記憶が戻った



「…ああ、よくここに鍵借りに来たな」


「お、記憶戻ったか?」


「少しな」



この調子で行こう、と霊斗は先を進む

ため息をつきながらも、夜斗は壁にかかっていた鍵をいくつか掴んであとを追いかける

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