第30話
向かう先は実家の最寄り駅だ
もう5年間は寄り付いていないのだが、道は忘れていない
「電話…。霊斗か」
またしても運転中の着信だ
「俺だ」
『お前今こっちきてんの?』
「…よく知ってんな」
『いやユキが急に「先輩の気配がきた…」とか言うからよ。墓参りか?』
「そんなところだ。細かいことは夜にでも話す」
『くるのか?家』
「いや、メールで話す。ちょっと記憶探ししないとな」
『ふーん。ま、暇なら呼んでくれれば行くぜ』
「ああ」
通話が切れた
インカムを叩くようにしてボタンを押し、音楽を再生する
(雪菜…電波系だったんだな)
とはいえ雪菜が夜斗の接近を察知したのは初めてではないため今更驚きもしない
(…着いたっと。駐輪場にとめて歩くか)
夜斗は最寄り駅南口にあるバイク用駐輪場に乗り入れた
バイクを降りてヘルメットを外す
「うしっ!」
周りを見渡すと、少し違和感を感じた
何度も見た景色のはずなのに何かが違う
「……そうか、俺にとってここは…色褪せた世界なのか」
実を言うと夜斗は12歳より前の記憶がない
というのも、かつてイジメにあい自殺未遂をした際、解離してしまったらしい
医者はそれを「可哀想なこと」といったが夜斗にとってはどうでもいいことだった
(色を捉えられない。いや、正確には見ているものには色があるのに理解できていない。相当嫌な思い出なのか?)
夜斗はゆっくり歩き出した
ふとした時に一部だけ記憶が戻ることは多々あった
東京に行った時には修学旅行の記憶だけが戻り、鎌倉に行ったときには遠足の記憶が戻った
しかしまだ足りない。心と体のズレを取り戻す必要がある
(…色を見れないのなら、音を聞こうか)
夜斗はカバンからヘッドホンを取り出した
とはいえそれは普通のヘッドホンではなく集音器の役目を果たす
普段は体への負担が高いため使わないもう1つの不思議な力
(解析を開始)
ヘッドホンが集めた音を脳が勝手に処理を始める
目を閉じて音に意識を向けると、周囲の様子が手に取るようにわかった
(…この声、聞き覚えがあるな)
1つだけ見つけた記憶の手がかりは、忘れていた声
女の声だ。それも、夜斗自身が忘れてはならないと決めていたのに忘れたもの
(…誰だ。わからんが、話しかけるのも手だろう)
ヘッドホンをしまってから、その声が聞こえた場所に向かう
距離や方向を音から判断するのは技術的に不可能ではない
ただ、人の脳ではできないのが普通なだけだ
(このあたりのはずだが…)
到着したのはとある商業施設の裏手にある駐車場だった
ようやく、素の状態でも声が聞こえる程度の距離に来たらしい
その声は泣いていた
(…暇潰しにはなるか)
今の夜斗は警棒すら持っていない丸腰だ
墓参りにそんな物騒なものは持っていかない
それでもやはり夜斗は見過ごすことができなかった
(状況確認…っと。女一人が男3人に囲まれてる。歳は服装からして高校…それもここから徒歩15分圏内だな。男の方は商業系私立の名門、女は普通市立高校だったか?装備は…重心位置的に隠し武器も持ってなさそうだ。遠目に見て筋肉量を推察…1人は文化部、1人は体育会系文化部、1人は運動部…それも武術系か。鎮圧は無理だろう)
夜斗はそこまで思考して周囲を見回した
さらにヘッドホンで音を聞き、周囲に人がいないことを確認する
(…ふむ。最適解は算出できた。あとは俺の演技力次第ってとこか?勝率は7割、ダメなら無理やりでも鎮圧を実行。運が良けりゃ1人くらい壊せる)
夜斗は深く息を吸い込んだ
泣く女子生徒の服に1人が手をかけ、引き裂くように力を込める
(冬風夜斗、推して参る!)
夜斗はニヤッと笑い、その4人の前に姿を現した
「お巡りさんこっちです!!」
「ヤベ!ポリ公だ!逃げるぞ!」
「見られてたのかよ!」
2人は逃げ出したが、運動部と思われる一人のみその場に残った
舌打ちする夜斗を見て笑う
「ハッタリか、おっさん」
「ケッ、生憎とまだ20代でね。おっさん呼ばわりされる謂れはないんだよ、小童」
男子高校生がイラッとしたのが空気感でわかった
夜斗は目を向けるとすぐに、呆れたようにわざとらしく肩をすくめる
「…なんだよおっさん」
「ああ…残念だ、もう少しやれると思ったんだが、どうやら時間切れらしい」
「夜斗!って…何この状況、お前またなんかやったのか?」
「やめろやまたっていうの」
夜斗の背後から声をかけたのは霊斗だった
呼んだわけではない。霊斗も、用があったわけではない
「…おっさん増えた」
「ほら夜斗のせいで俺までおっさん扱いされる」
「うるせぇ…殺すぞ」
「へいへい。んで?なにこれ」
「強姦未遂現場を確認したから助けようとしたら男子高校生に喧嘩売られてるとこ」
「…お前高校生にも舐められてんの?死ねよ」
「ハッハッハてめぇには言われたくねぇな」
おはようという挨拶のように、爽やかに笑いながら死ねという夜斗と霊斗に気圧されたのか、男子高校生が少し後退りした
「お前暴れると後始末大変なんだよ。前どうなったか言ってみろや」
「たかが数人病院送りにしたくらいだ。殺してない」
「いや死ななきゃいいわけでもないんだが…」
完全に怯え始めた男子高校生に目を向ける
睨んでいるかのように見えてタダ眠いだけ、というのはこの2人あるあるである
「おい小童。喧嘩するなら受けてやる。しねぇならさっさと失せろ」
「くっ…!覚えてろ!」
「すごいな、典型的な捨て台詞だ。んで夜斗、その女の子どうすんの?」
気を失っている女子高生を指差す霊斗
夜斗はため息をつき、ほっとくわけにもいかんと言って頬を軽く叩いた
「起きろ、小娘」
「…!殺人鬼…!」
「やめろや。あんなんただの演技だ。つか恩人に対して随分な言い草だな」
「そんだけ夜斗が怖いんだろ。お前子供に好かれないよなぁ」
「だから嫌なんだよ子供相手にすんの…」
夜斗は目が覚めた女子高生にてを差し出した
躊躇いなくその手を取り、夜斗の力に任せて立ち上がる
「んで?なんなんだあいつら」
「…わかりません。歩いてたら、ここに連れ込まれて…」
「ふーん。まぁ知らないやつについていかないことだな。つか霊斗はなんでここにいんだ?」
「お前の記憶探しでろくな思い出ないからな。念のため来てみたんだよ」
「雪菜だろ」
「うぐっ…!そ、そうだよ悪いか!」
雪菜の勘はよく当たる
どうやら夜斗がトラブルに巻き込まれることを予見したらしい
「ったく…。小娘、家まで送ってやるがどうする?危険な中帰るというのなら止めはしないが?」
「…送るって、どうやって…?」
「バイク。車なんか持ってねぇし。まぁメットは2つあるし免許とってから3年は経つから高速だろうがいける」
「…お願いします」
「おう。霊斗どうやってきたんだ?」
「チャリで来た」
「じゃあ喫煙所で待ってろ」
「うい」
夜斗は女子高生に手招きしてバイクへと向かった
「んでどこよ家」
「実家は神奈川ですね…」
「神奈川に送れと?」
「…住みは三島です。一番町の、銀行の裏手にあるマンションです」
「…あそこか。よしじゃあ乗れ」
夜斗は側面につけてあった予備のヘルメットを渡した
大人しくそれを被り、夜斗が乗ったあとに後部座席へと乗り込む
「インカムは…いっか。しっかり捕まっとけ、荷物は落とすな振り回すな、OK?」
「は、はい」
「じゃあ行くぞ」
夜斗はアクセルを回して走り出した
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