第29話

「ようやく言えたみたいだね」


「…聞いていたんですか」


「紗奈ちゃんからね。謝れなかった、お礼も言えなかった。なのに死んだ、とかなんとか言ってたと」


「紗奈め…!」


「そして、そんな君にこれを返そう」



住職が夜斗の前に置いたのは黒い箱だ

ダイヤル式の鍵がかかっており、番号はわからない



「君の両親が大切にしている数字だよ」



夜斗は試しに両親の結婚記念日を入れた

しかし開かない

プロポーズの日も入れた。しかし開かない

夜斗の誕生日も紗奈の誕生日も入れたが開かなかった



(わからん)


「ヒントは…なんだっけ、ちょっとまっててね」



住職はまた奥へと姿を消した



「わかったよ。君にとっても、大切な日だ」


「…まさか」



夜斗は震える手でダイヤルを、夜斗の結婚記念日に合わせてみた

カチッという音ともに、バネの力で箱がゆっくりと開けられていく



「…これは…」


「中を見てごらん」



入っていたのは便箋と夜斗と紗奈それぞれ名義の通帳だった



―――これを読んでいるということは、夜斗が幸せに結婚したということだ。おめでとう

―――新しい家族との生活を楽しみつつ、相手のことも考える。これが円満な結婚生活の難儀なところであり醍醐味だ

―――この通帳は、夜斗の年玉を含む色々な行事で得たものだ、お前に返す。上手く使え

―――結婚式での晴れ姿を楽しみにしている



「これは…親父が…?」


「そうだよ。家にあると見つかるから、とね。それとこれは別で預かった」



住職が差し出してきたのは白い封筒だ



――これが読まれているということは、もうこの世界に私も母もいないことだろう

――泣いたか?笑ったか?今この手紙を書いてる私にはわからない

――だがこれだけ言わせてほしい。楽しい日々をありがとう



「予め渡されていたんだよ。先に死ぬのはわかっているから、死んだら渡してくれってね」


「親父…。そんなに、俺を…泣かせたいか…!」



怒りのような喜びのような悲しみのような、入り混じった感情が胸を巡る

この感情の答えは分からずとも、どうやら夜斗と父親の心は通じていたらしい



「言えなかったんだ。ありがとうって。ごめんって。だから葬式でも泣かずに、死んでから言おうと思って、そんときに泣こうと思っていたんだ」


「君は強い。それは僕も知っている。けど、強いのは耐えられるということじゃない。泣いて笑って怒るのも強い人だよ」



夜斗は全力で涙を抑え込んだ

しかし溢れるものは止められない



「通帳の中身については自由に使うように伝言を頼まれてる。何に使うかは任せるよ」


「ありがとう、ございます」


「それじゃあ、また会おう。君には待ってる人がいるんだから」


「はい。失礼します」



夜斗は寺の敷地を後にした

出る前に一礼するのを忘れない

出たところで、バイクに跨りヘルメットを被った



「…忘れた過去を、探すとしようか」



夜斗はアクセルを回して墓場を後にした

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