夜斗と過去と少しの黄昏
第28話
12月9日土曜日、午前10時を少し過ぎた頃
夜斗はとある寺の前で手を合わせ、本堂へと入った
「お久しぶりです、住職」
「久しぶりだね、夜斗君。元気だった?」
「はい。おかげさまで」
仏壇に向かって手を合わせていたのは、かつて世話になった住職だ
夜斗の両親の葬儀を執り行った人物、ということになる
「今日はどうかしたのかな?急に話がしたいなんて」
「ご報告です。もう親はいないので、親に話すつもりで」
「なるほどね。何があったのかな?」
この住職はかなり親身に話を聞いてくれる
そのため夜斗も時々こうして足を運び、相談事や雑談をしているのだ
「遅くなりましたが、とある女性と契約結婚という形で入籍しました。妹も、同じ日に僕のツレと同様に入籍しました」
「おや、これはめでたい」
「住職にはお世話になりましたし、父と母も「死んだら住職を親と思え」と言ってたので、主にこの報告をしにきました」
「主に、ということは他にもあるのかな?」
「はい」
夜斗は封筒を住職に手渡した
中にはいくらかの大金が入っている
「これは…」
「もう3回忌の時期なので、儀式的であってもやってやりたい…というのが、僕と妹の判断です」
「そっか、もうそんなに経つか。人は何人入れるのかな?」
「多くて10人、少なくとも4人…いや、5人です」
「ふむ…。君と紗奈ちゃん、冥賀君と夜暮君はわかるが…」
「神崎雪菜、という者をご存知ですか?」
「ああ…聞いたことはあるよ。君の遠い遠い親戚だそうだね」
「彼女が、親族だとわかった以上は出るといって聞かないので。それぞれの旦那或いは妻が参加する可能性はあります」
「それで10人、か。いつでも…とはいかないけど、2月にはできるよ。何日がいい?」
「24日でお願いします。料金は頭としてそれを、不足は後日お持ちします」
「ああいや、いらないよ。君の家は元檀家だからね、3回忌まではタダでやることになってる」
「…ですが」
「頑固なところは父譲りだね…。ではこうしよう。食事はこちらで手配する。このお金はそれに使おう。余ったらこちらで使わせてもらうよ」
「…それでお願いします」
「ほんっと、君はお父さんに似ているよ。容姿は母に近いのに」
「よく言われますよ。主に黒淵家当主に」
夜斗の父親の血筋は、元々このあたりの地主だった
しかし祖父は次男であり土地を取ることはできずにいたのだが、黒淵家当主――夜斗の父の弟――が遺書の存在を見つけ、トントン拍子で本家から色々と持ち去った経緯がある
それ故に夜斗は黒淵家当主には頭が上がらない
「あの人は参加しないのかい?」
「一応確認はしたのですが、「私はもう冬風ではない。黒淵家として婿入りしてしまった。だから、参加することはできないししない」と言われてしまいまして…」
「冬風家は頑固すぎるね…。そういえば、僕の親父が「冬風は頑固だが理に適ったことを言う。口で勝てると思うな」とか言っていたよ」
「恐縮です」
住職は立ち上がり、少し席を外すと言って奥へといった
そこには住職が住む家のようなものがあり、葬儀や行事などをカレンダーに記録しているのだ
「さて、君は今日お墓参りもするのかな?」
「はい。永代供養ではありますが、線香くらいはバチは当たらないと思いますので」
「そうだね。なら、話してあげるといい。終わったらまたおいで」
「…?はい」
夜斗は永代供養墓に向かって歩き出した
ポケットから出した線香をいくつかまとめて、霊斗から強奪したライターで火をつける
「…遅くなったな。親父、母さん」
線香を線香入れに置き、手を合わせる
「…結婚、したんだ。先月に、弥生と。4年遅れの告白をして、初めて本当に好きだと言える女の子と」
合わせた手をおろして、墓を見る
側面にはここに骨を収めた人の名が刻まれているのだ
「今は新婚で、毎日イチャイチャしてるけど…コレがなくなることを想像すると、ちと怖いんだ。あんたらみたいに、あっさりとしてたら良かったのかもな。けど、怖いけどそれも楽しいと思ってる。親父が言ったように、人を愛することは楽しいし怖いし、幸せだよ」
父は夜斗に語るのが好きだった
仕事のことや趣味のこと、若き日の自分のことや母のことを嬉しそうに話していた
「母さんが言ったように、愛した人と時を同じくすることは何事にも変えられぬ幸福だ」
母はよく夜斗と紗奈に、夢を説いた
夢とはなにか、という宗教のような話だったため夜斗はあまり聞いていなかったが、それでも記憶には刻まれていた
「…本当は、二人が生きてるときに話したかった。そしたら、煉河や紗奈も交えて6人で笑い合えたかもしれないのに…と。けど、そんなことを話しても仕方ないから端的に言おう。俺は、貴方方のおかげでここまで生きて、これからも生きていく。教えてくれたことも、全部飲み込んで弥生と共に寿命まで生きる。だから安心してくれ」
涙を堪える
何故漏れ出しそうなのかは分からなかった
「…生きてた頃には言えなかった。亡くなったあとも、3年間待たしちまったけど」
伝う涙を無視して笑う
「今までありがとう。父さん、母さん」
弥生にプロポーズしたときに思い出した
夜斗は両親に厳しく育てられたが、それは夜斗のためだったと
それによって、弥生と同棲していて不自由なく暮らしていたと
そして両親がいなくなったときに忘れていた言葉を、ようやく口にした
(……住職が呼んでたな)
踵を返し歩き出したがすぐに立ち止まった
「…いってきます」
そう呟いて、また歩き出した
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