第6話

焼肉を所望した割に二人はあまり食べなかった

正確に言うと夜斗が異常に食べるため、比較すると食べていないように見える

実際には平均的な量を食べているのだが



「うし、食った食った」


「ほんっとよく食うよな夜斗は…」


「ホントですよ…。私あれでも結構食べてるんですよ…?」


「じゃあもっと食え。腹が減っては夜戦ができんぞ」


「セクハラですか?」


「お前にする意味あるんか?」



他愛もない会話で盛り上がっていると、霊斗の携帯電話が鳴った



「…天音だ」


「出てやれよ。俺はこっから帰るから」


「ああ。気をつけて帰れよ」


「できるだけ気をつけるさ。んじゃあな」


「ありがとうございました。ではまた」


「おう、こちらこそありがとさん。またな」



夜斗はヘルメットを被り、アクセルをふかした

バイク用の手袋をつけて走り出し駐車場を後にする



「んでなんのようだよ天音」


『ちょっと惚気られてて助けてほしいんだけど今どこ?静岡きてたりしない?』


「しねぇよ。誰の惚気だよ」


『弥生ちゃんだよ!もうずっと、3時間くらい夜斗のここがいいとかそんな話ばっか!弥生ちゃんの奢りじゃなかったら帰ってるね!』


「ああお前もか…。こっちも、今夜斗が来てたんだ。ちょうど帰ったとこだけど」


『あっそうなの?明日から夫婦になるからって浮かれてるのかなぁ』


「いや…存外不安なだけかもしれんぞ、二人共な」



霊斗は笑いながらそう言った








夜斗が自宅に到着すると、珍しく弥生がまだ帰宅していなかった

普段ならどの時間に帰っても何故か先に自宅にいるというのに



(珍しいな。まぁ、たまには気晴らしがしたいんだろう。明日から夫婦と言われて急に嫌になった可能性も…あり得るな。自分で言ってて心折れそう)



夜斗はバイクウェアをハンガーにかけて手袋を洗濯機に叩き込んだ

着ていた服をすべて洗濯機にいれて回し始め、そのまま風呂に入る

予約で湯を張っておいたのだ



(夫婦ってなんだろうなぁ)



浴槽に浸かりながらそんなことを考える夜斗

風呂では何かしらを考えるのが癖だ。一人の空間で、ゆっくりと何かを考える

結論が出るまでこれをやるため、その何か次第では逆上せることもある



(夫婦…言葉の意味的には、生涯を共にすることを誓った男女のことだなぁ。多様性がどうとか言われそうだけど)



時代が時代だ。今どき性別を超えた結婚というのも認可されつつある

しかし政府はそれを明確に差別化するらしく、普通結婚ですら発生する免税や補助は全くないようだ

また、かつてのイジメの事例から里親になることも非推奨としている…と小耳に挟んでいた



(…少子高齢化対策にしてはやりすぎな気もするけど。というか弥生がもし俺を好きではない場合子供は作らないしなぁ)



同棲期間が5年を超えても契約結婚しない手段はいくつかある

例えば婚姻届不受理届。契約結婚とはいえ婚姻届は存在する

ただそれが自動で作成され、自動で承認されるだけのこと

つまり不受理届を出しておくことで無理矢理否認することができる

しかし夜斗はその届出をしていない。問題は弥生がしてるかどうかだ



(弥生が出してる可能性はあるな。今日とか俺いなかったわけだしこっそり出せる。いやでも出す気なら祝儀取りに行くとか言った時点で止めるか)



いくつか思考を回す。不受理届以外に結婚しない方法としては、住民票を前日までに動かすという手もある

さらに言えばあえて契約結婚してから離婚することで、男側に負債を負わせるという復讐も存在するのだ



(契約結婚の補助金は年月が経てば経つほど増える。その分離婚時に払う返還金も高くなるしな。弁護士立てれば折半にしたりできるけど事例がなさすぎて男に全て来ることもあり得る)



ネガティブな発想をいくつか回したところで思考を止めた



(明日の夜にはわかるか)



風呂から出て体を拭いていると、玄関のドアが開く音がした



「おかえり」


「…!ただいま。早いね」


「まぁ祝儀もらって飯行っただけだしな。どっか行ってたのか」


「うん。私も、天音と外食」


「ああそういやあいつこっちに住んでたな、忘れてた。なんか言ってた?」


「特には。おめでとうくらい」


「あいつらしい…」


「あと、なんで私独身なのかなって」


「今度従兄紹介したろかな…」



天音は夜斗及び霊斗の幼馴染だ

夜斗が霊斗と知り合ったのは天音繋がりで、雪菜と霊斗が出会ったのは夜斗繋がり

間接的なキューピットであり、自分からライバルを増やしに行ったのが天音だ



「風呂上がったから入っていいぞ」


「うん。あと、明日昼少し出かける」


「ああ、了解。まぁ楽しめ」



日常の会話だ

今までも何度か交わされたような他愛もない会話

これが明日から特別なものになるかどうかは、夜斗にもわからない

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