第7話

翌日。午前7時20分



「早起きすぎたな」



隣では弥生がぐっすり寝ている

夜斗に背を向ける形で、落ちないように夜斗に密着していた



(なんでダブルサイズベッドでこんな密着してんだ。まぁまぁ余裕あるぞ)



体を起こして時計を再確認する

二度寝すると寝過ごし、昼を過ぎそうな中途半端な早さだ



(起きるか、仕方ない。たまには飯の一つ作るかね)



弥生の主張で夜斗は台所に立つことは少ない

月に一回、弥生が例のアレでダウンしてる時だけだ

しかしそれでも夜斗の腕は落ちることを知らず、かつて家族に振る舞っていた頃の腕を維持している



(…家族、か。今日からは弥生が家族になるわけか。そういや紗奈さなに連絡してねぇや)



唯一の肉親である妹のことを思い出し少し笑う

音を立てないようにベッドを降り、台所へと向かった



『おはようございますお兄様』


「おーうおはよう。どした朝から」


『ご結婚おめでとうございます。というのと、私今日結婚します』


「おーう?彼氏いたっけ?」



かかってきた電話を取ると相手はその妹だった

昔から抜けないお兄様呼びは、離れてから5年経つ今も変わらないようだ



『実は私も契約結婚です』


「ってことは煉河れんがか。もう冬風を名乗るのは俺だけか」


『正確にはお兄様と弥生さん、ですね。私も姓を変える予定はありませんけど』


「変えないとかできたっけ」


『はい。契約結婚の場合のみですけど、変えないままということも可能みたいです』


「ほーん。5年前の俺は知ってたのかもしれん」


『興味ないことには記憶力が働きませんよね、お兄様…』



妹が先に行っているような気がして一抹の寂しさを覚えつつ、手際よく料理を作り上げる夜斗

電話口のむこうでも似たような音が響いている



「煉河まだ起きとらんの?」


『いつも通り起きてませんね。このまま10時頃まで寝てると思いますよ』


「じゃあ弥生送り出したら行こうかな、暇だし」


『是非お越しください。いつかこちらからも…』


「まぁそうやな。んでなんか、煉河への不満とかないの?紗奈そういう話してくれんし」


『そうですね…。気恥ずかしく思いあまりしませんがお兄様なら…』



煉河は夜斗の高校時代の友人だ

たまたま紗奈と夜斗が買い物に行った時に、暇そうにウロウロしてたのを捕まえたのが始まりである



『最近はその、あの…こ、子づくり的なことも考え始めてまして…。性のつく料理を色々試しているんですけど、中々反応してくれないのが…』


「だから最近あいつから『女の子と暮らすとムラムラするのな』とかメールくるんか…。いやまぁ、うん。紗奈のことだし煉河に伝えてないだろそれ」


『女の子から言うのもどうかと思いまして…。それに、天音さんが「ほっとけばいつか勝手に襲ってくるよ」と…』


「あいつこっちも一枚噛んでるのかよ。さっさと婚活しろよ」



思っていたより広い顔に驚く

あえて言うのなら、天音は弥生の高校時代の先輩でもある

面識はなかったようだが、それを知った天音が一人盛り上がっていた



『天音さんは…その、理想が高い乙女なので…』


「あいつ専業主婦希望だったなそういえば。今時不可能に近いぞそんなもん」


『一応冥賀めいが紹介しようと思ってます。医者ですし』


「ああ…夜暮やぐれには婚約者いるしな…」



冥賀と夜暮は従兄弟だ

友人のように深い付き合いがあるため、互いの近況はよく知っている

冥賀の性格上彼女はできず、夜暮には親から言われた婚約者がいるため、冥賀を紹介するのは理にかなっている



『といったところですね、近況としては。お兄様はいかがですか?』


「まぁこっちは…特に夜は何もない、な。元々最初は利害の一致で同棲してたし、弥生はそういうの興味なさそうだ。精力剤を盛られた感じはなかったしな」


『そうなんですね。意外です、お兄様から行くことはないにしても弥生さんから行きそうなのに』


「そうか?日々の連絡が二言で終わるぞ俺ら」


『以心伝心が行き過ぎてますね…。お二方とも言葉足らずな節がありますし』


「否定できねぇわ…。家事は紗奈がやってるのか?」


『あ、いえ。料理だけですね、私は。洗濯は煉河が、掃除は毎日少しずつ暇なときにやるくらいで』


「ちゃんと連携してんな…。こっちはほぼ弥生がやっちまうからほとんどやらせてもらえてない」


『お兄様は料理得意でしたもんね。あれ、でも今は…』


「無駄に早起きしたからテキトーに作ってる。腕が落ちてるかどうかが心配だ」


『お兄様なら大丈夫だと思いますよ。久しぶりに食べたいです』


「んじゃあ今日昼作ってやるよ。暇だし、材料だけくれれば」


『わかりました。何買っときますか?』



料理しながらレシピを考えるのは至難の業だ

しかし夜斗はそれを並行で実行しつつ、細かい単位まで伝える



「鶏むね500グラムとおろしにんにく15g、あとケチャップが一本かな。味醂とかある?」


『味醂はありませんが、日本酒なら…。私たちは飲まないので調理用に買ったものですけど』


「ああそれでいいや。そんな感じで。醤油砂糖塩胡椒もあると嬉しい」


『問題なく揃ってますね。この材料ということは…アレですか』


「そう、それだ」


『あれ美味しいからすっごい好きなんですよね!自分じゃ再現できなくて…!』


「そ、そんな好きか。まぁ久々に食わせたるから、煉河にも言っといてくれ」


『わかりました!』


「ほいじゃ、また後で」


『はい!失礼します』



テンションが爆上がりした紗奈との通話を終え、IHの電源を切る

ちょうど完成した朝食を机に並べ、夜斗はまた2階に上がった

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