第41話

 餅を搗く心地よい音が響き渡っている。時折吹く木枯らしは冷たく、身体は硬直してしまうが、みんなの笑顔でそれもほころんでくる。久々に、ミステリツアーの参加者たちが集結した。将平の妻と十七歳になる娘、太一と父親、留美と夫、茉莉と婚約者といった新たな顔ぶれも見られる。優斗の母、クマと多英子に咲、和臣とその家族も加わり、賑やかな餅つき大会となっていた。

「子どもの頃、やったよな」

 陽介の問いかけに優斗も同意する。

「僕も忘れていたんだ。でも、最近になってこの家で大人数でやった餅つき大会を思い出した。そしたら急にやりたくなってね」

 今は留美と和香子と太一が住むこの家は、優斗の父親の実家だった。優斗は母がこの家もとっくに処分しているものだと思い込んでいた。だから、クマからこの家をツアー客の宿泊場にしたらと提案されたときには、喜びと共に、きちんと維持管理をしてくれていたクマにどう礼を言っていいのかさえわからなかった。祖父母は優斗が小学生の頃、相次いで亡くなっている。父には兄弟がいなかったため、この家とペンションを建てた土地を相続していたのだと最近になって知ったのだった。

「この家は、思い出深いってことか」

「ああ、親父もこの家をシェアハウスのようにして貸し出したいって言っていたそうなんだ」

「そうなのか。じゃあ、優斗は親父さんの夢を叶えたんだな」

「まあね。そうなるかな。クマさんがここをずっと管理してくれていたから、叶うことができた夢だけれどね」

 優斗の母が近づいてくる。その後ろにはクマの姿もあった。優斗は陽介を促して立ち上がり、縁側に母とクマを座らせた。

「私にはこの家もペンションも買うお金がなかったからね。ただで使わせてもらう代わりに、掃除だけは欠かさなかっただけだよ。家というのは人が住まなくなると途端に駄目になってしまうからね」

「本当は、時々ここに来ようと思っていたのだけれど、ずっとそれができなかったの。でも、やっと来ることができたわ。車で来るとすぐなのにね」

「あっそうだ、優斗に聞きたいことがあった。どうしてバスでここに来るのにあんなに時間がかかったんだ?それに山道を歩かされて……」

 陽介の怒りは本物だった。

「そりゃあ、ミステリツアーだからね。東京都心から二時間もかからずに着いてしまっては面白くないって話になったんだ。高速道路を反対方向に進んでから、倍以上かけてここに到着することになった。それに山道を歩いた方が、秘境に来たってな具合で、気分も盛り上がっただろう?」

「まあ、そうだけれど……」

「そもそも、こっちに着いてすぐに気が付かなかったのか?みんなそんなことはわかっていたようだけれど」

「東京に戻るって決意して、それをみんなに話した時、近いからちょくちょく遊びに来てねって和香子さんに言われて、それでやっと気が付いて……」

「まあ、陽介らしいけれど」

「僕は優斗さんのブログを見ている時から、東京から近い場所だってわかっていたよ。だって、雪は降らないけれど、冬になると空気が澄んで富士山だって見える」

 太一が父親と一緒に、餅つきを終えて会話に加わった。今は将平が娘にいいところを見せようと張り切って餅をついている。

「太一君、餅つきは初めて?」

 優斗は聞いた。

「はい」

「こういう行事を体験させることが子どもにとっては大事なことですね」

 太一の父親が汗を拭きながら言う。

「太一君のお父さんも何だか最近顔色がいいわね」

 優斗の母が笑顔で言う。

「はい、ここに通うようになってから、体調が良くて」

 太一の両親の仲は相変わらずだと聞くが、太一がここに住むことも、父親が週末にはここに来ることも、太一の母親は認めたそうだ。自分は絶対にもう二度と来ることはないと言っているそうで、誰にも謝罪をする気はないようだったが、それを望んでもいない優斗だった。

 つきたての餅を多英子と咲が運んでくる。

「さあ、みなさん食べましょう」

 あんころ餅やきなこ餅、おろし餅もある。みんな競うように食べていた。

「きなこ餅が好きなのよね」

 和香子が二つ目の餅に手を出す。

「私は大根おろしには目がなくて」

「嘘、だって留美さんあんなに甘いものが好きなのに?」

「ええ、お餅はお雑煮とかに入っていた方が好きなの。お汁粉はちょっと苦手でね」

「どうしてよ。大福はあんなに沢山食べるのに?」

「あんなに沢山って何よ。この間はほんの四つ食べただけよ」

「それが沢山ってことじゃないの」

 留美と和香子の会話にはいつも笑いが含まれている。見ているだけで和まされるのだった。

「お二人には喧嘩なんて無縁ですね」


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