第34話
「それで、これからのことはどうするつもりだ?」
優斗は話題を変える意味で、質問をしていた。
「ああ、そうそう、実は茉莉ちゃんとも関係があったのだけれど……、まあ、いっか、茉莉ちゃんは東京に帰るって言っていたから、自分もって思ったのだけれど……そうなるとどうしようかなあ」
「何だよそれ、茉莉ちゃんには告白していないのだろう?」
「どうしてわかるの?」
「お前のことだから、東京に帰って仕事に復帰してから、告白するつもりだったのだろう?」
「ああ、そうだけれど」
「また一から考えるか?」
「茉莉ちゃんのことは別としても、東京には帰るよ。職場の上司から連絡があってさ、色々話していたら、もう一度頑張ろうかなって思ったから」
「そうか」
「今回のことで、誰かと暮らすって悪くはないなあ、ってわかったし、何より、自分は親父とは違うぞっていう、何ていうのかなあ、さっき言った通り、若い子好きになるとか、似ている部分はあるのかもしれないけれど、だからこそ、親父みたいに人生から逃げないでいたいって思ったからさ」
「親父さんだって逃げたわけではないはずだよ。家庭は守ってきたのだから」
「そこだよ。形だけ守っても虚しいだけだよ。お袋は自分に普通にしなさいって強要していた。普通って何だよって思いながらも、目立たないように、枠からはみ出ないように、アイデンティティっていうのかなあ、自分というものから目をそらして今まで生きてきたんだ。でも、親父やお袋のせいにして、普通を意識し過ぎていたのは自分自身だったなって気が付いた。普通でいることに拘り過ぎていたのは自分だった。普通なんて存在しないのにな」
「そうだなあ。基準や見る方向を変えると普通のことだと思っていたことが普通ではなくなるものな。海外から日本を見たら、普通でないことだらけだし」
「そうそう。もうさあ、和香子さんに言わせれば、ナンセンスで愚かな考えだってさ」
「お前さあ、和香子さんとの方が合うんじゃないの?」
別に意図があったわけでも、根拠があったわけでもないのだが、とっさに言ってしまった。
「ええ、嫌だよ。だって、毎日毎日叱られるんだぞ。ダメ出しのオンパレードで、今日もさ、朝から納豆の食べ方がなっていないって言われて……」
「何だか楽しそうじゃないか」
「そうかなあ」
陽介の照れた笑いを見て、安堵する気持ちが湧いてくる優斗だった。
「優斗には適わないよ。こうなることをお見通しだったのだろう」
「そんなことはないよ」
本心だった。ミステリツアーなんて企画したのも何か意図があってのことではなかった。
「この企画にみんなが救われたのかもなあ」
「きっかけは太一君だったんだ」
「そうなのか?」
「ああ、太一君が『死ぬ前にここに来たい』ってコメントしてきて、そこからやり取りが始まった。次々に今のメンバーからコメントがくるようになって、今いる場所から逃げ出したい心境だと知って、だったらとにかくここに来ればいいって思ったんだ。そのことをクマさんや和臣さんに相談したら、協力してくれてね」
「そうかあ、太一君なんてここに来てから別人のようになったものなあ」
「そうだね。太一君は特にここでやりたいことができているようだからね」
「将平さんは離婚した奥さんと連絡を取り合っていて、近々ここで家族が再会するらしいよ。留美さんのご主人も来るそうだし」
「この村は、もうすでに村ではないけれど、ここには田畑と古い家と山と川くらいしかないけれど、だからこそなのか、生きる活力をチャージできるからね。僕はそう感じてここに来た。出世とか地位とか権力とかお金とか、それに振り回される生活に疲れていたからかもしれない」
「優斗はそういった競争社会で勝ち残ることが生きがいだと思っていたけれどな」
「少し前まではそうだったよ。でも、勝ち続けることなんてできないだろう。勝ち続けるためには誰かを犠牲にしたり、誰かから搾取したり、それが正しいって自分に言い聞かせてきたけれど……政府から補助金を分捕れることが優秀さの証だって思い込んでいたけれど、何だかそれって違うだろうってさ」
「補助金を分捕る?」
「ああ、大学時代の恩師と久しぶりに会ったら、政府から補助金をいかに出させたかっていう自慢話をしていてね。でも、話を聞いていると、発覚したら不正になるようなことでも、まんまと騙し通せたらそれが成功者なんだ、って言っていてさ。それを聞いたら尊敬してきたのが馬鹿らしくなってね。それってずる賢いだけじゃないかって」
「和香子さんもそんなようなことを言っていたな」
「まああ、だからさ、ここに来ればお金はそんなに必要ないし、食べるものを自分で作れば、生きてはいけるからね。自分で作らなくても、誰かが玄関に置いていってくれることもあるし」
「そう、そう、ここに来たばかりの頃は玄関に農作物が置いてあることにびっくりしたよ。でも、麻痺したのか、この間なんて冷蔵庫に牛肉が入っていたけれど、もう誰も驚かなくなっていた」
「ああ、それは僕だ。と言っても和臣さんとこの肉屋から貰ったものだけれどね」
「なんだ。そうだったのか。和臣さんにお礼も言わないで、みんなで美味しく食べちゃったよ」
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