第31話
真夏の草取りは三十分もすると全身が汗だくになる。水分補給をして休憩をしながらの作業だった。慣れない陽介は休憩時間の方が圧倒的に長くなり、すでに身体は動いていなかった。
「さあて、もうこのくらいでいいかな。庭は終わりにしよう」
その言葉を待っていた陽介は、別荘に入るとリビングのソファに一目散に寝転んでいた。
「昼休憩とったら、次は部屋の掃除だぞ」
「うん、わかっている。でも、少し休ませて」
「ずっと座っていたような気もするけれどな」
「優斗はすごいよ。自分にはできない。ところでさ、どうして自分をここに呼んだの?それに、ミステリツアーって何なんだ?」
いつかは聞かれると思っていた陽介からの質問だった。
「そうか、そうだよな。別に深い意味はないよ。お前が会社休んでいるって知って、だったらこの村で過ごせば、少しは楽になれるんじゃないかな、って思っただけだよ。それに丁度、誰かに添乗員役をしてもらいたかったからね」
「でもさ、添乗員なんていらなかったみたいだけれど。ミステリツアーと言っても、何だかみんな、ここの場所はわかっていたみたいだし」
「ミステリツアーというのは誰かが面白がって言い出して、それを僕たちもいつの間にかそう呼ぶようになっていた。まあ、ただ、この村の住所は伏せてブログをしていたから、着いてのお楽しみでというのは本当だった。それでも調べればすぐにわかってしまったみたいだけれどね」
「死にたい人が集まったわけではないんだね」
「みんなそれぞれに悩みや苦しみを抱えていて、そう口にする人もいたからね。それなら死んだ気になって今いる場所から逃げようぜ、って僕がブログで伝えた。それにみんなが賛同してくれて、ここに集まることになった。という訳さ」
「それで自分も誘われたってこと?」
「そう、お前の場合は、ああでもしないと来なかっただろう?」
「そうだな」
陽介の表情は暗かったが、優斗はあえてそれを今は無視することにした。
「優斗君いるかい?」
約束通りに良純が訪ねてきてくれた。優斗は少しだけ緊張してくる。
「あっ、こいつは友人の陽介です。こちら良純さん。今僕がお世話になっている家の息子さんで、僕たちの父親とは高校が同じなんだ。東京に住んでいて、月一ぐらいで帰ってきているから親しくさせてもらっているんだ」
「磯野良純です。よろしく」
「そうか、友だちも来ていたんだね。じゃあ、また今度にするか」
「いいえ、話しても大丈夫です」
陽介が困惑している。良純も心配そうな顔をしていた。だが、陽介には聞く権利があると優斗は信じていた。陽介が抱えている心の問題に、二人の父親の過去が深く関係しているのは間違いなかった。陽介の心が晴れるかどうかはわからないし、真実を知ることによって、もっと落ち込むことがあるのかもしれないが、どこかで真実を知ることがあるとしたら、やっぱりそれは自分がいる時であるべきだと優斗はなぜか強く思うのだった。それに、噂話や憶測が先に陽介の耳に入ることの方がショックは大きいだろうとも優斗は考えていた。
「こいつの父親も僕の父と同級生で、この村にも来たことがあります」
「えっ、苗字はなんていうの?」
「山岸です」
「そうか……山岸の息子さんか。私たち三人、優斗君のお父さん、陽介君のお父さん、そして私は同じ高校の同級生だよ。ただ、山岸は二年生の時だけお父さんの仕事の関係でこの村に住んでいただけだから、故郷だとは君に言っていないかもしれないけれどね」
良純は少し考え込む。
「どこまで知っているの?」
「こいつは何も知りません。でも、話してください」
「じゃあ、交通事故でわかったことを話すよ」
「はい、お願いします」
「お父さんと正面衝突をした相手だけれど、やっぱり亡くなっていたよ。三年は寝たきりだったそうだけれど、回復せずに亡くなったそうだ。実は、その相手というのが、私たちの同級生の子どもでね」
「えっ、そうなのですか?」
「最初に言わなくてすまなかった。それは知っていたことなのだけれど……ただ、その後どうしているかはわからなかったのは事実だよ」
「ありがとうございました。相手のことが知れたからと言って、何がどうなることでもないのですが……ちょっと気になっていて。実は良純さんに親父の交通事故の相手がどうしているのか調べてもらっていたんだ」
優斗は視線を良純から一瞬だけ優斗に移した。
「私も気になっていたからね。その相手のことだけれど、十八歳で免許取り立てだったそうだよ。母子家庭でね。父親は早くに病気で亡くなっている。大人しい子だったらしいのだけれど、ちょっと悪い仲間とつきあっていたらしく、実は……不確かなことだから耳に入れようかどうか迷ったのだけれど……」
「はい、どんなことでも教えてください。知りたいです」
「そうだな。うん、どうも事故の数週間くらい前から暴走族のような仲間と付き合っていたらしい。それでその仲間にそそのかされて車を暴走させていたそうなんだ」
「そそのかされて?」
「ああ、その母親が言うのには、一緒にいつも車を走らせていた女の子がいて、黄色いポルシェだったらしいのだけれど、その日もその子に挑発されて無理な運転をしていたらしい」
「挑発?」
「まあ、だけれども事故を起こしたのは自分の息子だから、何も言い訳はしなかったそうだ。それに……これは私が勝手に思ったことなのだけれど、そのことを誰かに口止めされていたようだった」
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