第29話

「家なんて続ける意味はないはずですよ。続けることに意味があるのではなくて、そこに幸せな笑顔があることに意味があるはずです。私の家も古い方ですが、私は孫に継いでもらいたいとは思いません。本人が今の家に住み続けることを望んだら別ですが、他にやりたいことがあって別の居場所を見つけたのなら、家はもうお終いでいいのです」

「おばあちゃん」

咲は思わず祖母の腕をつかむ。日ごろから同じような台詞を言っていたクマだったが、改めて断言されると胸の内が熱くなってくるのだった。

「でも……」

クマの醸し出すオーラに圧倒されながらも反論しようとする母親だが、言葉は見つからないようだった。

「家が続くことだけが目的になると、幸せにはなれませんよ」

「その通りです。家という呪縛からもう解放させよう。太一が生きて幸せになってくれることが親の願いだろう」

父親の言葉は今の母親には全く届かないようだった。

「もう、帰ろう」

「でも……」

「今の状態で無理やり太一を連れ戻したところで、また同じことの繰り返しだろう。お世話になります。どうぞ、太一をよろしくお願いいたします」

父親は深々と頭を下げた。それを見た母親は少しだけ首を縦に動かす。腑に落ちないと言わんばかりの態度だったが、父親より先に部屋を出た。

太一の両親を多英子が見送りに出た。多英子が制したので咲たちはそのまま部屋にいた。

「太一君の家って何をやっているのかしら」

留美が疑問を口にした。

「スーパーよ。ほら、あのカキヤマ」

それに答えたのは和香子だった。

「あら、駅ビルにも入っている高級スーパーね。でも、よくわかったわね」

留美の言葉に咲も東京で見かける看板を思い出したが、店に入ったことはなかった。

「ええ、だって苗字でそうかなあって思ったから、太一君に聞いてみたの。そうしたら、ちゃんと答えてくれたわ」

「太一君は野菜が好きだって言っていたわね。だったらお家の仕事が嫌ではないはずよね」

「問題はあの母親よ」

留美は努めて冷静に言うが、和香子の興奮は止まる気配が見えない。

「太一君は学校には行けていないようだし、これから進学問題とか、色々とあるだろうから、お母さんだって大変よね」

留美が母親を庇うように言った。

「でも、もっと太一君の好きなようにさせてあげればいいのに」

和香子の意見は尤もだと咲も思う。

「他所の家の話であれば、それでいいと私も思うけれど、自分の家の話となるとやっぱりね、難しいのよ」

「おばあちゃんは家が続かなくても本当にいいのですか?」

茉莉の質問にクマは頷く。

「だって、家は結果だものねえ。続いたからって何なんだって話でしょう。この村だって三百年続く家はそうはないよ。我が家だって二百年くらいかな、私はもう数えなくなったよ」

「二百年ってすごいですね」

「ご先祖様は大切にしないといけないけれど、いつまでそれを続けるのかはそれほど問題ではないと私は思うよ。それより、今生きている私たちが、自分のご先祖様を敬い、古くからの風習を自分なりに大切にすることが大事なんじゃないのかねえ。だから、私は自分が亡くなったらどうして欲しいという希望は全くないのよ。葬式だってやらなくていいとさえ思っている。ただ、多英子や咲が気のすむようにすればいい。遺骨だって山にでも撒いてくれれば、お墓さえなくたっていい、拝んでくれなくてもいい、そう思っているからねえ」

「今が大事ってことですか?」

「そう、死んだ後のことなんて知らないよ、ってことさ。今、生きているうちに思う存分楽しめばいいのだからねえ」

「ただいま」

太一がいる畑に二人を案内してきた多英子が戻ってきた。

「太一君が元気で嬉しそうに畑作業をしているところを車から見学して、ご両親は帰っていったわ」

「すぐに変われるわけではないでしょうけれど、少しは太一君のことを理解できるようになるかな」

和香子が心配そうに言う。少しは興奮も収まったみたいだ。

「今すぐには無理でしょうけれど、親なのだから大丈夫よ。お母さんの方はかなりショックだったようだけれど、お父さんは少し嬉しそうだったわ」

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