第27話
「私は茉莉ちゃんみたいに思っていたわよ。でも、振り返れば、結婚式が挙げられれば、相手は誰でもよかったのかもしれない、なんてね」
「そんなあ、それじゃあ留美さんの旦那さんが可哀そう」
「相手も同じだと思うわ。主人だって仕事のために結婚したようなものでしょうから」
「仕事のためですか?」
「そう、昔は結婚していた方が、仕事がやり易かったのよ。結婚していると信用されたのね」
「どうしてなのだろう?そういう価値観が世間にはあったということですよね。いいや、今でもあるのかも」
和香子がしみじみと言う。
「そうかもしれないわね。私の場合は、クマさんの教育が良かったのか、自分はどうしたいのかっていう価値観で生きているから、世間にどう思われようと何とも思わないけれど、世間の目を気にしてしまうと、結婚や学歴なんかでも、自分がどうしたいのかより、どう思われるのかっていう基準で生きてしまうことはあるのかもしれないわね」
咲は多英子から「あなたはどうしたいの?」と子どもの頃から問いかけられていたことを思い出す。
「結婚したい人はすればいいし、したくない人はしなくていいんだよ」
「クマさんや多英子さんの話を聞いていると、何だか田舎の方が色々な価値観があるみたいですね」
「人は一人では生きていけない。そして人が集まったら色々な人がいる。それが当たり前だってことだよ」
「何だかネットの世界の方が、偏った価値観が存在しているような気がする。異端者を排除しようとする雰囲気があるのよね。叩いていい人を見つけ出して、その人のことやその人の周りの人をみんなで袋叩きにする構図ができてしまったのって、いつからなのだろう」
和香子の顔には諦めの表情が見て取れる。
「昔からあるのかもしれないねえ。この村にだってそういうことはあったのかもしれない。でも、人は失敗をするものだからねえ。ちょっと間違えば犯罪者にだってなってしまう。自分だって道を踏み外すことがある。それがわかっているから、それを知っているから、叩いていい人なんていないってこともちゃんとわかっている。人の顔が見えているからそれができるのかもしれないねえ。インターネットって顔が見えないし、名前だって匿名のことがあるのだろう?だから悪意がはびこるのかねえ」
「ネットの世界でも、こうやって私たちのように素敵な出会いが見つかることもありますよね」
「そうだねえ。ネットの世界でも悪いことばかりじゃないのかもしれないね」
クマは茉莉の言葉を聞いて、自説をすぐに撤回した。
「ネットを利用して悪だくみをしてくる人がいるのは確かよね。例えば、お金儲けをしようと企む人がいるからおかしな方向にいってしまうのかも」
和香子の興奮は止められなかった。和香子自身、自分の支離滅裂に近い発言に戸惑っているようだった。
「確かにねえ、インターネットのことはわからないけれど、お金儲けが絡むと人はあらぬ方向に行ってしまうのかもしれないねえ。この村では、必要以上にお金儲けをする必要性がないからよかったのかもしれないねえ」
「災害も昔から少なく、大きな地震の時だって被害は少なかったし、気候も安定していて農作物は売るほどはなくても食べる分には困らない。まあ、だから昔からのんびりとした怠け者が多くて、努力家とか勤勉家という人間も少ないのかもしれないけれど」
クマと多英子が大笑いをしたので、和香子も茉莉も留美もつられて笑う。咲も自然と笑っていた。
「それが、この村に私たちを呼んだ理由なのですね」
「どうだろうねえ」
「お金儲けがしたい人はすればいいだけのこと。今度のツアーだってここに全員が移住してもらうことが目的ではないからね。優斗君はこの村でみなさんにゆっくり休んでもらって、力がついたら自分のやりたい場所へ行ってもらいたいって思っているのだから」
「お金儲けか……」
咲のつぶやきは誰にも気付かれなかった。咲は大学を卒業したら、この村で就職をするつもりでいた。子どもが好きなので小学校の先生にでもなれたらと、教員免許の資格取得を目指している。一方でクマと多英子は咲が卒業してもこの村に戻ることを強要してはいなかった。むしろ、大学を出たら気が変わって、東京で就職してしまうのではないかとさえ、話している。それを否定しつつも、徐々に様々な選択肢が目の前に現れていく現実に、自分の心が迷子になっているのがわかるのだった。その理由が『お金儲け』にある。学生ボランティアに参加をして養護施設に出向いたことがあった。それぞれの事情で自分の家がない子どもたちがいる。教育にお金がかけられなくて大学にも通えない事実がある。それを目の当たりにした時、自分にお金があれば何かできるのではないかと考えてしまった。より多くのお金を儲けて、それをその子たちに使えたら、そんな途方もない夢を描いていた。
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