第25話
「本当にそうですよね。私の家族に関しても、夫に愛人がいて家には帰っていなかったなんて記事があったのだけれど、それは嘘なのよ。まあ、夫に愛人がいたことはあったのかもしれないけれども、今はそんなことはなくて、家にはちゃんと帰ってきていたし、私との関係も悪いものではなかったの。むしろ、夫は長男が大学を中退すると言ってきた時から、息子と向き合うように努力をしていたのよ。でも、それが失敗だったのだけれどね」
留美の肩を多英子が摩る。
「でも、どうしてその子は咲ちゃんにそんなことを言ったのでしょう」
茉莉の表情は険しかった。
「沙織ちゃんから聞いたのね。そう言えば、中学生の時も沙織ちゃんに私のことを言われて、泣いて帰ってきたことがあったわね」
「うん。本当のお母さんは別の人だって教えられた。沙織もお母さんから聞いたって……」
「その子もとんでもないけれど、中学生の子にそういうことを吹聴する母親ってどんな人なの」
珍しく茉莉がいきり立つ。だんだん和香子に似てくるようだ。
茉莉の言葉を聞きながら、咲は沙織のことを考えていた。一番華やかで、成功者であることをアピールしていた沙織だった。同窓会にブランド品で武装して参加し、派手な化粧で顔の表情を消していた。同級生の誰かが沙織のSNSを見たと言っていた。煌びやかな生活をどんなに晒しても、誰も『羨ましい』とは言ってはいなかった。口には出さないが、みんなSNSでの発信が本当のことだとは思っていない。何かを隠すための道具であることは暗黙の前提だった。悪口を誰も言わなかったが、冷ややかな視線を送っていたことは確かだった。咲もその一人だった。
「きっと、その子は咲ちゃんのことが羨ましかったのね」
「えっ、どうしてですか?」
「咲ちゃんは幸せそうだもの。愛されて育ちましたっていう顔をしているわ。きっとお友だちも多いでしょう?」
留美の言葉に戸惑う咲だった。なぜなら咲は友だちを必要としたことがなかったからだ。SNSもやらないし、LINEだって学校生活で必要なのでしぶしぶ利用しているにすぎない。スマホを全く見ない日だってあるし、友だちから連絡がくるのは本当に稀なことだった。
「友だちはあまりいません」
「嘘、だって周りに人が集まって来るのではない?」
確かに咲は誰とでも話をすることはできたから、東京の大学でも知り合いは大勢いる。仲良くなろうと近づいてくる子もいて、遊ぶ約束をすることはあるが、自分から誘ったりはしてこなかった。
「私もあまり友だちっていません」
茉莉が助け舟をよこしてくれた。
「あら、そうなの今の子ってそういう子が多いのかしら」
留美とクマが頷き合う。
「他の人たちのことはわかりませんが、私はあまり人と深く付き合うのが苦手で、できれば一人で過ごしたい方なので」
「それなのに婚活には熱心なのね」
「だって、それとこれとは話が違うじゃないですか」
茉莉のふくれっ面で場が和む。
「まあ、私だってあまりというか全く友だちなんていないからね」
「和香子さんこそ、友だち多そうじゃないですか」
「それよく言われる。まあ、私の場合は、浅く広くというか、八方美人というか、あまり踏み込んでこられるとガードしてしまうところがあるのよね」
「確かに友だちって何でしょうね。私にも友だちって呼べる人は少ないかな。知り合いとか、顔見知りは多いけれど」
多英子の話に咲は驚く。そういった会話をしてきたことはなかった。
「あんたは本当にドライだからね。だから東京の友だちとも疎遠になっても平気だったものね」
クマの言う通りなのかもしれないが、咲は多英子から東京の友だちやそもそも東京にいたときの話を聞いたことがなかった。
「平気ってわけではなかったわよ。でも、そうねえ、今、目の前にいる人を大事にしていると、そう見えるかな」
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