第20話

 ベランダに出ると風が心地よく吹いている。都会の夏の夜より生まれ育ったこの場所の夜の方が安らぐ自分が忌々しかった。ふと見ると庭に誰かが佇んでいる。咲と同じ年くらいの若い男性のようだった。その男性がベランダにいる咲を見つけた。咲はとっさに目をそらそうとするのだが、何故だかできなかった。鋭い眼光に目が離せなくなる。目を離したのは彼の方だった。挨拶も会釈もなく逃げるようにその場から立ち去る彼の背が消えても咲の視線は同じままだった。


「咲、チラッとでも顔を出さない?挨拶だけでもしてよ」

 ベランダにいる咲に多英子が声をかけた。来客の手伝いもしないで不貞腐れているのは初めてのことではない。そのせいか多英子は今日も別段何も言わずにそうさせてくれている。ほんの数時間だけだが部屋に閉じこもったせいか、咲の心は落ち着きを取り戻していた。わだかまりが全くないと言えば噓になるが、片付けくらいは手伝おうと思えるまでにはなっていた。

「わかった。今行く」

 先ほどの若い男性のことに興味があったことも加勢して、咲は賑やかな宴の場に顔を出すことにした。


 村の人たちも数人は参加をしていたそうだが、もう帰った後で、見知らぬ六人と小山優斗、そして和臣が座敷にいる。

「あれ、多英子さんの娘さんですか。大勢で押しかけてしまってすみません」

 浅日将平と名乗った男性は無駄に明るい中年男性だった。

「辛島和香子です。お邪魔しています。こちらは三宅裕太君ね」

 派手な印象の女性も人懐っこい笑顔を向けてくる。

「どうも」

 ニコリともしないこの男性が庭先にいたのだとすぐに咲はわかったのだが、裕太の方は気付いてもいない素振りだった。

「彼は中学生の柿山太一君で、自分は山岸陽介です。優斗の昔からの友だちです」

「こんばんは」

 照れくさそうにしていた中学生の太一が満面の笑みで咲に挨拶をしてくる。

「私は奥園茉莉といいます。よろしくお願いします」

 同じ年くらいの茉莉の存在に意味もなく少しだけホッとする咲だった。

「咲です。こんばんは。みなさんいらっしゃいませ」

「ごめんね、咲ちゃん。具合の悪いところみんなで押しかけてしまって」

「いいえ」

 将平に馴れ馴れしく名前を呼ばれても嫌な気はしなかったが、愛想よくはできなかった。

「もう大丈夫なの?そろそろ私たちも失礼するから」

 和香子の言葉にも頷くだけだった。

「咲ちゃん、元気になったらみんなに村を案内してあげてね」


 優斗に言われて思い出す咲だった。そういう話になっていた。優斗から村にツアー客を招く計画を相談されたとき、咲も乗り気だった。優斗がこの村に来た頃には、すでに東京で一人暮らしを始めていたのだが、連休の度に帰省していたので、優斗とは話をするようになっていた。

「優斗さんて、どうしてこの村に来たの?」

「懐かしかったからかな。父親がこの村の出身でね。でも僕が子どもの頃に亡くなっていて、ここでの思い出はあまり記憶に残ってはいないのだけれどね」

「そうだったの?」

「あっでも、このことは村の人たちには言っていないから」

「どうして?」

「問題の多い人だったから、知られたくなくてね。だから、咲ちゃんも誰にも言わないでくれるかな」

「わかった。二人だけの秘密ね」

 優斗と秘密を共有できたことが嬉しかった。


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