第21話
翌朝、と言ってもこの村では朝とは呼べない午前九時に咲は目が覚めた。夕べは後片付けの手伝いを終え、多英子が「残りものだけれど」、と言って出してくれた食事を平らげた。そして夜中の二時過ぎにベッドに入ったのだが、なかなか寝付けなかった。寝付けないまま何かしたいこともなく、する気もなく、考えることにも疲れ、布団と同化してしまったかのように身体は固まっていた。自分が寝たという記憶はないが、すでに七時間以上はベッドの中にいたことになる。しばらくは起き上がることができずに天井を見つめていた。多英子はすでに活動しているはずだ。どんなに遅い時間に眠りについたとしても、朝早くから動き出すことが当たり前になっている。そんな多英子の姿が頭にまとわりつく。憂鬱な思いを振り切ってベッドを抜け出すと、意外にも身体は動いた。よく寝たのかもしれないと思い直す。二階にある洗面台で顔を洗い着替えをした。いつもの習慣で階段を下りた。すると茶の間の方から話声が聞こえてくる。開け広げられた扉の前をそうっと誰にも気付かれないように台所へと向かう。
「咲ちゃん、おはよう。お邪魔しています」
気付かれたことにビクッとしたところも見られた。咲の気まずさを吹き飛ばすほどの元気な声は和香子だった。諦めて茶の間を覗くと和香子の他に茉莉と留美がいた。
「ねえ、一緒にお茶しようよ」
和香子は半ば強引に咲の腕を取って座らせる。その強引さは咲にとってはありがたかった。自分からこの輪の中に入ることは憚れるが、どこかでこの人たちとの会話を望んでいる自分がいるのを感じていた。
「咲ちゃんは大学生?」
「はい、そうです」
和香子の質問に素直に答えていた。
「二十歳になったの?」
「はい、なったばかりです」
「いいなあ、私もその頃に戻りたい」
茉莉が言う。
「何言っているのよ、あなただってそんなに変わらないでしょう?」
「もう二十三歳ですよ」
「三歳なんて年の差のうちに入らないわよね」
和香子が留美に同意を求める。
「そうね」
「そうですかあ」
「確かに茉莉ちゃんの年齢の頃だったら、私もそう言っていたかも。でも、だんだんと年齢なんて関係がなくなるのよね」
「でも、結婚相手を見つけるためには、焦らないと駄目なのですよ」
「婚約者に振られたばかりなのに、もう婚活?」
「降られたわけではありません。私から降ったのです」
「えっ、そうなの?」
「はい、優斗さんのお陰です。元婚約者は本当に何から何まで私に干渉してきました。食べ方から洋服、友だち付き合いに至るまで。それでも従っていたのです。彼の言う通りにしていれば幸せになれるのかな、なんて思い込んでもいて。でも、だんだんと心がボロボロになってきて、そんなとき優斗さんのブログを見つけて相談してみたんです。そしたら、それは普通ではないって言われて、そんなのは愛情からではないってはっきりと言われて、目が覚めました。彼とはきっぱり別れて、仕事も辞めて、また一から婚活をやり直そうって思えたんです」
「どうしてそんなに早く結婚がしたいの?」
「どうしてって……結婚して子どもを育てるっていう生活が私の理想なので。和香子さんは結婚したいって思ったことはないのですか?」
自分の理想を堂々と話せる茉莉をすごいと思った。それも結婚して子育てすることだと断言できる根拠は何なのかを咲は知りたかった。
「私はないのよ、昔から。子どもが欲しいっていう人の気持ちがわからないの」
「どうしてですか?女性として生まれたのに、勿体ないじゃないですか」
「そうかなあ、私は自分のことで精一杯だったから……」
「精一杯?」
「何て言えばいいのかわからないのだけれど、自分のことでアップアップしていたから、人生のパートナーとか、ましてや自分の子どものことまで考える余裕がなかったのかもしれない」
和香子の言葉に大きく頷く咲だった。自分もそれに近い。でも、自分のことさえそこまで考えてもいないのかもしれない。何だか子どものままの自分が恥ずかしくなってくる。
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