第22話
「私は自分がどうしたいのかなんて考えてこなかったのかもしれないわ。恋愛結婚だったけれども相手も私も結婚をするのが当たり前で、その方が社会的にも楽だったし、結婚して子どもを育てて、家を建てる。それが幸せで、それが人としての成功だなんて漠然と思っていて……でも……」
留美の次の言葉を三人が黙って待つ。だが、留美はそれきり話をする気配はなかった。
「まあ、色々あるわよね。それに、人それぞれだし」
和香子が見かねて話を締めくくろうとしていたてき。留美は大きく深呼吸をすると、大丈夫だと言わんばかりに頷いて話を続けた。
「今回の息子の事件で、住所がネットで拡散されて、私も夫も築き上げてきた家から離れなければならなくなったでしょう。私は手芸店でパートをしていたのだけれど、そこにも行くことはできなくなって、居場所を無くしてしまったわ。夫は今までのように表に出る仕事はできないだろうけれど、どうも居場所はあるみたいでね。次男も自分の世界があるし、私と長男だけ、この社会から取りこぼされてしまったような感じなのよ。私は何をしてきたのかなって、どこでどう間違えたのかなって思うと、結婚して子育てしてきたことが虚しくなって……」
誰も言葉を発することができないでいた。
「あら、いやだ。ごめんなさいね。暗い話をしてしまったわね。でもね、そこに優斗君が登場するのよ」
「また優斗さんが?」
今まで発言するチャンスを失っていた咲が、いの一番に聞く。和香子と茉莉がほんの少しだけ驚いたような顔をしているのがわかった。
「茉莉ちゃんと同じで、優斗君の田舎暮らしのブログを発見して癒されたら、ついコメント欄に書きこんでしまって、そこからやり取りが始まって、今、ここにいます。でも、足を怪我してみなさんに迷惑をかけることになって、また落ち込んで……。私の運気はどうなっているのでしょうね。あら、また暗い話をしてしまったわね。ごめんなさい」
「優斗君が居場所を提供してくれたのよね。私たちに」
和香子の明るい声に留美も笑顔で頷く。
「居場所ですか?」
「そう、咲ちゃんのように居場所がある人にはわからないかもしれないけれども、みんなそれぞれが居場所を求めてここに集結したってわけよ」
「私の居場所はここなのかな」
咲は考え込む。それまで考えたこともなかった。考える必要のないことだったとも言える。
「咲ちゃん、何かあったの?」
茉莉が恐る恐る確認する。触れていいのか悪いのか逡巡している様が、咲にとっては優しさに思えた。
「留美さんには昨日お話したのですが……私の生い立ちが複雑で……」
「話をしたくなかったら、無理しなくていいのよ」
和香子の思いやりにも涙が出そうになる。
「いいえ、聞いてください」
自分でも不思議なくらい聞いて欲しかった。多英子にもクマにもまだ言えそうにないことをこの人たちになら話せる。咲は、留美に話したことを和香子と茉莉にも告げていた。
「和臣さんに似ないで良かったわね」
和香子がしみじみ言う。
「ちょっと、和香子さん」
留美がそれを咎めるが、こらえきれずに二人は笑う。咲にも自然な笑みがこぼれた。
「和臣さんも二渡さんですよね。苗字が同じなのはどうして?」
茉莉が聞く。
「このあたりには二渡という苗字は沢山ありますから、親戚というわけでもないです」
「そうなのね。余計な質問よね。ごめんなさい」
「ちゃんと、事実を確認した方がいいわね」
和香子が改まって真面目な顔をして言った。
「そうですよね。今の段階だとお友だちからの話だけですものね」
茉莉の言葉に咲は頷いていた。
「でも、和臣さんが父親だという話が事実だとして、それを咲ちゃんに隠すのは当然かもしれないわね。だって、和臣さんにもお子さんたちがいらっしゃるわけだし、咲ちゃんとその子たちを守るために、事実を隠したのだと私は思うわ」
留美の言葉に頷く咲だったが、簡単には納得できない、したくない、と頑なな心が叫んでいた。
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