第17話

「恋人はいるの?」

 沙織の質問はいつも唐突でストレートだった。

「そんなのいないよ」

 咲は正直に答えた。一番仲の良かった同級生は初恋の相手が来ていて、その彼との会話に夢中になっている。その他の参加メンバーたちもそれぞれ共通の話題のある相手と話し込んでいて、咲と沙織はいつの間にか二人で話すことになってしまった。沙織と二人だけで会話をするのは、中学生の時以来だった。沙織は高校生になる前に転校をしている。母親が田舎での暮らしを嫌がり、都会で再婚相手を見つけたと咲は噂で聞いていた。

「やっぱり母親が心中事件なんて起こしていると、子どもは恋愛には積極的になれないよね」

 沙織の言葉が理解できなかった。

「心中事件って?」

「あんたの母親のことよ」

「えっ?何それ」

「知らないの?あんたの母親は男と心中したでしょう」

「嘘よ。私の母親は父親と交通事故で亡くなったのよ」

「そう聞かされているのね。そうか、何にも知らないんだ。村ではもっぱらの噂だったじゃない。うちのママが言っていたわよ。隣のおじさんがあんたの本当の父親でしょう」

「えっ?……」

 頭が真っ白になるとはこういうことを言うのか。何も考えられないまま時間ばかりが経過をしていた。

「どうしたの?」

 親友の琴音が心配そうに聞いてくる。いつの間にか沙織は咲の隣からいなくなっていた。

「ねえ、私の親のこと知っている?」

「えっ?多英子さんのこと?」

「そうじゃなくて、本当の親」

「えっ?何を……」

 琴音が何かを隠していることは明らかだった。

「ねえ、私の父親が隣の和臣さんだってこと知っていた?」

「えっ?……」

 知っていたという顔だった。

「私だけなのね、知らなかったのは。母親は男と心中をしていたのも」

「心中?それは違うわよ。ただの交通事故のはずよ。確かにそういう噂を言う人もいたらしいけれど、うちの親は交通事故だって話していたわよ」

 噂が村を駆け回っていることは事実のようだった。何も知らなかったのは咲だけだった。


 中学生の時なら多英子に詰め寄ったかもしれない。でも、できない自分がいた。特に本当の父親がいつも優しく接してくれていた隣に住む和臣だったことを信じたくない自分がいた。和臣には五人の子どもがいる。一番上は咲より四歳下の女の子で、姉妹のように育った。その下に双子が生まれ、次々に二人生まれ、咲は自分の本当の妹や弟ができたみたいに喜んだし面倒をみていた。


「咲ちゃん、帰っている?」

 その和臣が突然咲がいる茶の間に入ってくる。咲は声も出なかった。

「どうした?何だか顔が真っ青だぞ」

 和臣の後ろに知らないおばさんがいた。足を怪我しているようだった。

「今夜ここで歓迎パーティーをするから、よろしく。本当に大丈夫か?具合が悪かったら無理しないでいいから。愛未も手伝いに来るし。で、ちょっとお願いなのだけれど、この人をここで休ませてもらえるかな」

「はい、どうぞ」

 咲は無表情で隣の座敷に案内をした。条件反射というやつで、人が来ることに慣れている咲にとっては、何でもない動作だった。

「横になります?今、布団を敷きますね」

「ありがとう。悪いね。俺、また来るから」

 和臣はさっさと家から出て行ってしまった。咲はまだ名前も知らないおばさんと二人きりになり、ぎこちない笑顔をつくるのだった。

「ありがとうございます。ごめんなさいね。急にお邪魔して」

「いえ、大丈夫です」

 人懐っこい笑顔につられ、咲の笑顔にも嘘が消える。

「あら、名前もお伝えしていなかったわね。私は曾根崎留美です。和臣さんの運転するバスでこの村に来ました。聞いていたかしら?」

「あっ、ええ」

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