第16話

 夏休みに村に帰るのを、昨年まではとても楽しみにしていた咲だった。だが、今年は違った。村に帰って来るのが憂鬱だった、というか怖かったと表現した方が正しい。

「咲、せっかく帰ってきたのに、どうしてそんなに不機嫌なの?東京で彼氏でもできた?だからこんなところにはいられないのかな?」

 亡くなった母の姉である伯母の二渡多英子が、咲の顔を覗き込む。普段なら大袈裟に嫌な素振りで子どものように不貞腐れて見せるのだが、今回ばかりは素っ気なくすることしかできなかった。この村に帰ってきたくなかった元凶の一つでもある多英子の存在が、今は心から忌々しかった。

「母さんこれから買い物に行くけれど、咲も行くでしょう?」

「私は行かない」

「どうして?いつも一緒に行きたがるのに」

「いいよ。今日は」

「そう、じゃあ、留守番をしていてね。夕方はお客様が家に来られるから咲も手伝ってね」

 一番嫌な展開だった。誰かをもてなす心の余裕が今はなかった。


『母さん』と呼んでいた人が本当は実の母親ではなく、伯母であると知ったのは中学に入学してすぐのことだった。両親が離婚をし、母親の実家があるこの村に住むことになったクラスメートの沙織から、その話を唐突に聞かされたのだった。

「咲ちゃんの伯母さんって偉いよね。自分の子どもでもないのにお母さんと呼ばせて育てているのだから。うちのママがそう言っていたよ」

「えっ?どういうこと?」

 咲の言葉は聞こえたはずなのに、沙織はそれを無視して背を向けて走り去っていた。取り残された咲の頭は混乱するばかりで、固まった筋肉はすぐには動きだせないでいた。その後、どうやって家に辿り着いたのか記憶がない。気が付いたら多英子の前で泣きじゃくっていた。

「咲、どうしたの?誰かにいじめられたの?」

 数分間は感情が昂ぶり何も言い出せないでいた。それを黙って見つめる優しい目と温かい手、安心できる居場所がここにある現実に咲は勇気を得て、沙織から言われたことを多英子に告げていた。

「ごめんなさいね。今まで黙っていて。咲が大きくなったらちゃんと説明しようって思っていたの。咲の本当のお母さんは交通事故で亡くなったの。私はあなたのお母さんの姉なのよ」

 多英子の妹が交通事故で亡くなったと聞かされ、咲は幼少期から毎日仏壇に手を合わせていた。本当の母親は仏壇の中にいたのだ。

「お父さんが交通事故で亡くなったっていうのは本当なの?」

「えっええ、そうよ。でも離婚をしているからここには位牌はないけれど」


 その言葉を信じて21歳になる今まで過ごしてきた。本当の母親ではないことを知ってからも、いや、知ってからの方がそれまで以上に多英子との絆は強くなり、何も疑わず、時には反抗することもあったが、普通の母子関係と何ら遜色なく暮らしてきた。はずだった。村に帰る二日前、村出身の同級生たちが集まる飲み会で沙織と数年ぶりに再会をするまで。

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