第18話
村にツアーで人が来ることは知っていた。昨年、移住してきた小山優斗の発案で、祖母のクマも乗り気だった。ただ、その参加者たちは死にたいという言葉をSNSで発信していたらしく、今になって咲はそのことが心に棘のように突き刺さる。
「山で怪我をしてしまって、本当にみなさんにはご迷惑ばかりをかけて、私なんて本当に死んだ方がいいのかも」
「えっ?」
留美の風貌からは似合わない言葉に思わず声が出る。
「みなさんのいる家の方には行きたくなくてね。まだあまり動けないからみなさんの負担になってしまうでしょう。だから、和臣さんにそう言ったらここで休んでいていいって。あら、でもあなたやあなたのご家族にはご迷惑をかけてしまうわね。本当に私ったら何をやっているのやら」
勝手に喋りだす留美に少しだけ興味を覚える咲だった。みんなというのはツアーの参加者のことだろう。
「みなさん親切だし、いい人ばかりなのよ。それぞれに辛い思いをされているからなのか私なんかにもやさしいし。でもね、やっぱり息子があんなことをしてしまったのは私のせいだし、みなさんとは違うわよね」
話は見えないし、質問していいのかもわからないので、咲は黙っていることにした。
「何であんなことをしたのでしょうね。えっと、あなたは……」
「あっ、咲といいます。大学生です」
「あら、息子と同じ年かしら、おいくつ?」
「二十歳です」
「同じ年だわ。大学生だったのだけれど去年退学しているの。本当はもっと上の大学を希望していてそれに失敗をしてね。それでおかしくなったのね、あんな事件を起こしてしまって」
上の大学とは、偏差値が高いという意味なのだろうか、あまり勉強をしなくても入学できる大学を選んだ咲には退学する理由がわからない。それにしてもあんな事件とはどんな事件だったのか、質問したい気持ちはあったが、まだ聞けなかった。
「父親は経済アナリストでテレビにも出ていたでしょう。父親と同じ大学に入学できなかったことで全てが終わってしまったと言っていたの。弟がいるのだけれど、今はアメリカに留学をしていて、それもプレッシャーとなって劣等感が増大したのかもしれないのだけれど」
事件の内容が見えてきた。二十歳になったばかりの無職の男性が駅前で無差別に人を刺した事件だ。幸い死者は出ず、数人が軽い怪我ですんだはずだ。テレビのコメンテーターをしていた人の息子だということで、連日、ワイドショーが盛んに取り上げ、加害者の生い立ちや家族構成などが報じられていた。ネットでは家族写真までもが晒されることになり、加害者家族のプライバシー問題にも発展していた。
「私があの子を追い詰めていたのかもしれないわね」
「甘ったれていますね、息子さんは。両親が揃っていてなんの不自由もなく育って、ちょっと受験に失敗したからって、それで人を傷つけて」
「私が甘やかせて育てたから」
「あっ、すみません。私なんかが……」
今ここで口にしていいことではなかった。でも本心だった。
「いいのよ。ありがとう。誰も私を責めないの。直接にはね。ネットでは散々叩かれているのだけれど。直接言ってもらった方がどんなに楽か……」
「直接言ってもらいたいですよね。私もそうだから……」
「何かあったの?」
「ええ、……」
「あら、ごめんなさい。余計なお世話よね」
「いいえ、実はさっきの人、私の父親らしいのです」
「えっ?らしいって、どういうことなの?」
「先日そう聞かされて……」
「誰から?」
「同級生からです」
「お母様から聞いたのではないのね」
「はい、今の母も本当の母ではないですし」
「あら、そうなの」
「はい、実の母は男と心中したっていう話です」
投げやりな言い方だった。でも、今の咲にはそれしかできない。
「同級生がそう言っていたのね。でも、それは事実ではないかもしれないじゃないの」
「そうですけれど……村では噂になっていたとかで、知らないのは私だけで……」
「噂になっていたことが許せないのね」
初めて会った知らないおばさんと話をしている事実に、ふと我に返る咲だった。
「なんか、すみません」
「見ず知らずの人だから話せることもあるから。私も同じよ」
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