第14話

「太一君も裕太君も茉莉ちゃんも、もう寝たようです。若い子はすぐに眠ることができるからいいですよね。陽介君も眠かったら遠慮なく寝てください」

 サンルームでは将平がワイン片手にくつろいでいた。

「いいえ、自分はまだ眠くはありません」

「眠れないって顔しているものね」

 和香子の指摘に陽介は項垂れていた。

「いえ、いや、はい、ありがとうございます」

 和香子から手渡されたワイングラスを素直に受け取り、勧められた椅子に座る。

「本当にはっきりしない人ね。彼女いないでしょう」

「そうかなあ、男前だからモテるはずだよ」

「男って本当にわかっていないわよね。男前だからモテるっていうわけではないのよ」

「まあ、そうですね。そういう私も男前ですが、今は独身ですから」

「今は、ということは、以前は結婚されていたのですか?」

 陽介は自分への矛先を将平へと向けさせることにした。それほど将平の私生活について興味があったわけではないのだが。

「はい、バツイチです。子どももいますが、もう一年以上会っていません」

「浮気はしても本気の不倫とは縁遠そうだから、そうねえ、女性関係が原因での離婚ではなさそうね」

「はい、その通り」

「ということは、事業に失敗してお金が無くなったから」

「まあ、お金が無くなったから、は正解ですが、事業に失敗したわけではないのです」

「どういうこと?」

「事業に興味が無くなってしまったのです。それで、ギャンブルにのめり込んでしまって、気が付いたら妻子はいなくなっていたと……」

「事業とギャンブルってどこか似ているわよね」

「そうですね。事業もある意味ギャンブルだっていうことはありますが、多くの人が絡みますからね、自分の思いだけではどうにもならない。でも、ギャンブルはお金が動くだけですから、自分だけでハラハラドキドキが楽しめる」

「事業から逃げたってことね?」

「まあ、そうですね。胸に刺さる言葉ですが」

「ごめんなさい。私って思っていることを心に留めておくことができなくて」

「いえいえ、その方がいいですよ。陰で色々と言われるよりはね」

 ここでも二人の会話を黙って聞いているしかできない陽介だった。

「陽介君は、このツアーに参加をして驚いているばかりのようですね」

 将平に事実を指摘され素直に頷く。

「陽介君はさ、世間知らずに育ったお坊ちゃまって感じよね」

「そんなことは……。普通の家庭で育って普通に生きてきました」

「普通ねえ。何それ?」

「えっ?」

「私なんて子どもの頃から普通じゃない自分を自覚していたし、普通でありたくないとも思っていたわ」

「わかります。そんな風に見えます和香子さんは。私はそうですね。普通かそうでないかなんてあまり考えたこともなかったですね」

「僕は何者かになりたかったです」

 突然の声に三人が振り返ると、裕太がサンルームの入り口に立っていた。

「眠れませんか?だったら一緒に飲みましょう」

 将平が声をかけると和香子は用意してあったワイングラスにワインを注ぎ、裕太を手招きした。裕太はしぶしぶという感じではあったが、椅子に座ってワイングラスを手にする。

「何者か、ねえ。私もそう思っていた時期はありますね」

 将平の言葉に裕太が興味を示す。

「でも、すぐにそんなことを考えなくなりました」

「どうして?」

 裕太ではなく和香子が質問をしていた。

「どうしてかなあ、自分でもよくはわかりませんが、目の前のことが忙しくなったからですかね」

「目の前のこと……」

 裕太は将平の言葉の意味を考えているようだった。

「さっき陽介君が言った普通でいたいと思っていたという話と通じるかと思いますが、自分がどんな人間なのかということを考えること自体が、あまり意味がないということですよ。自分で決めることでもなければ、誰かが判断することでもない、なりたい自分であればいい」

「そうねえ、普通であるか、とか、何者であるか、なんてどうでもいいのよね。自分がどうしたいのかっていうことが大事なのだから。二人が気にしているのは人が自分をどう思っているか、でしょう?」

「振り返ってみると、自分のやりたいことに夢中になっている時って、自分が他の人にどう見えるかなんて意識していませんでしたね」

「将平さんが羨ましいな。二人とちょっとだけ似ているのだけれど、私の場合は人がどう思うのか意識しすぎて、誰もが反対するような人生を歩いてしまったってところかしらね……」

 和香子の視線が大きな窓の外へと向かう。陽介もそれに倣う。先ほどの雷雨が嘘のように空には満天の星空が広がっていた。その場に静かな時間が流れ出す。同じ星空を眺めながら、それぞれが物思いに耽っていた。

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