第13話

 食事が終わり、デザートの葡萄を運んできた茉莉が、みんなに何かを言いたそうにしていた。笑顔が消えた茉莉を見るのが陽介には辛いことだった。

「茉莉ちゃん、何か言いたいことがあるの?」

 陽介でさえ気が付いたのだから、和香子が気付くのは当たり前だった。

「あの……、私……」

「無理はしないで」

 和香子は茉莉に近づくと、肩に手を置いた。

「はい、ありがとうございます。でも……」

「いつからなの?その……食事が人前でできなくなったのって」

 留美が遠慮がちに聞く。

「半年くらい前からです。婚約者に食事の仕方を笑われて……」

「笑われた?」

「はい、食べる順番が間違っている、とか、お箸の持ち方が悪い、とか、とてもマナーにうるさい人で、私は育ちが悪いって言われました。それまで誰からも何も言われたことがなかったのに」

「時々いるのよね。最近、ネットなんかでも食事のマナーとか、育ちがどうだとかいう記事多くない?でも、何だかバカバカしいわよね」

 和香子の怒りは徐々にエキサイトしてくる。そういう体質のようだ。

「マナーを注意する人がマナー違反だという話もありますからね」

 将平の言葉に全員が頷く。

「そうそう、それに普通にご飯を食べるのに、マナーなんてどうだっていいじゃない」

 和香子の口調は相変わらずだったが、陽介もそう思う。

「楽しく美味しく食べられれば、それでいいはずですからね」

「そうよ。茉莉ちゃんだってそれまで指摘されたことがないということは、その彼が異常なのよ」

「みなさん、ありがとうございます」

 茉莉はどこか吹っ切れた顔をしていた。


 陽介は茉莉に何も言葉をかけてあげることができなかった。そのことが妙に悔しい。裕太が話をしていた時も会話に加わることすらできなかった。お風呂の順番や寝室の割り振りでも、将平と和香子がテキパキと仕切ってくれた。本来なら添乗員の自分がその役回りをしないといけないはずだった。食器の片付けもみんな手際よくやってくれている。陽介の出る幕はもうなくなっていた。それぞれが自分の役割で動き出しているのを見ていると、役に立てない自分が情けなくなってくる。そうなるとますます身体は動かない。慣れない山歩きの疲れもピークとなり、陽介はソファと身体が一体化してしまったような感覚に陥っていた。

「ねえ、陽介さん、ねえ」

「えっ、はい」

「何ボーっとしているのよ」

 和香子の顔が目の前にあった。気が付けば留美がリビングに布団を敷いて寝ている。他の人たちはすでにいなくなっていた。

「二階にサンルームがあったから、そっちで飲まない?」

「えっ?」

「何照れているのよ、二人きりじゃないわよ。安心して」

「えっ、ああ、そういうことではなくて……」

「まあ、いいから早く。留美さんがここで眠るから、早く私たちは二階に上がりましょうって話なの」

「あっ、はい」

 陽介は和香子に腕をつかまれ、二階へと階段を上がった。

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