第12話
「太一君、すごいわよね。料理が好きなのですって」
「へええ、それはすごい」
和香子のはしゃぐ声に圧倒され、声が裏返る陽介だった。
「ビールを持って行って」
「ビールですか?」
「そうよ、沢山冷やしてあるから」
「えっ、でも」
「飲んでいいって二渡さんも言っていたはずよ」
和香子にビールを数本押し付けられ、リビングへと行くと、将平は当たり前だという顔でそのビールを受け取った。
「あの、二渡さんは何て……」
「ああ、そうでしたね。ここにある食べ物や飲み物を好きに食べて飲んでくださいって、仰ってくださいました」
「ほらね、やっぱり」
後から和香子が留美にはジュースを持ってきてくれた。
「留美さん、具合はどう?」
「私のせいで、みなさんにはご迷惑をかけてしまいました。本当にすみません。今は裕太君のおかげで痛みも少し和らいでいます」
「さっき、留美さんが持ち歩いている鎮痛剤を飲ませましたから」
「裕太君さすがだね。何かスポーツをやっていたの?」
将平に問われ、裕太はボソボソとだが、話を始めた。
「子どもの頃から最近までサッカーをやっていました」
「それで、足のケガには詳しいのか」
「詳しいというわけでは……」
「最近までやっていたということは、今はやっていないのかい?」
「はい」
「どうして辞めたの?」
「……」
留美の質問になかなか答えようとしない裕太だった。
「ごめんなさいね。答えたくないのなら無理しないでいいわよ」
「いいえ、プロのサッカー選手にはなれないので……」
「プロじゃなきゃダメなの?」
留美の質問を和香子が引き受けた形になっていた。
「あっ、ええ、まあ……」
「サッカーが好きで続けてきたのではないの?」
和香子は容赦なく問いただす。
「プロとして通用しないと意味がないですから」
裕太の声は聞き取れないほどだった。
「もう諦めてしまったの?今は地方にも沢山チームがあるじゃないの。そこで頑張るというのは素人考えかしら?」
「自分のレベルがプロの世界では通用しないことがわかったから」
「別にプロになるだけが目的ではないはずじゃない?」
「和香子さんの意見は最もですが、私には裕太君の気持ちがわかりますよ」
「どうわかるの?」
和香子は責める対象を裕太から将平に変えた。
「学生時代は花形選手として活躍をしてきて、注目されることが当たり前だったかもしれない。でも、そんな選手はうじゃうじゃいる。そんな中で頭角をあらわすのは一握りの人間だからね」
将平は穏やかな口調のままだった。
「だからって諦めてしまったらもったいないわ」
そう発言をした和香子だったが、急に黙り込む。沈黙を破ったのは和香子自身だった。
「なんて言っている私も大学院で挫折をした口だから、本当は何も言う資格はないのだけれどね。ごめんなさい。何だかムキになってしまって」
和香子は大袈裟に頭を下げる。
「はい、ご飯が出来ましたよ」
茉莉と太一が食事を運んできた。美味しそうな匂いが、気まずくなりかけた空気を一転させた。
「ああ、お腹すいた。食べましょう」
和香子が何事もなかったかのようにみんなをテーブルへと促す。裕太も素直に従っていた。
「おお、カレーか、いいねえ」
将平が音頭を取り、みんなで一斉に『いただきます』をして食べ始める。こんなに賑やかで楽しい食事は陽介にとって久しぶりのことだった。
「あれ?茉莉ちゃんは?」
気が付くと茉莉がこの団らんの中から消えていた。
「私、ちょっと探してくるね」
和香子がキッチンに行く。しばらくして一人で戻ってきた。
「茉莉ちゃん、人前で食事ができないのですって」
「なんだそれ」
将平が首を傾げる。
「聞いたことないかしら。何かの原因でそうなってしまう人がいるのよね」
「まあ、嫌なら仕方がないね」
将平が理解を示すと誰も茉莉に無理強いはしなかった。
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