第10話

 炎天下のアスファルト舗装の上とは違い、風は心地く木々の緑は新鮮で心が洗われるようだとさえ感じていたのが、すぐに汗が体中の毛穴から噴き出してくる。腕時計を見ると時計の針は三時ニ十分をさしていた。まだ十五分程度しか歩いていないことになる。最後尾の陽介は前を歩いていた裕太からもどんどん離さていく。足手まといにだけはなるまいと、必死に力を振り絞るのだが、思うように足は動かなかった。

「大丈夫ですか?」

 裕太が意外にも陽介に声をかけてくれた。その声のおかげで先頭を歩く二渡も陽介の足が限界であることを感じ取り、陽介の元に戻ってきてくれた。

「もう少し行った先に別荘があります。そこは村長が管理していて私も鍵を持っていますから休憩を取りましょう。そこまで頑張れますか?」

「はい、すみません。大丈夫です」

 将平は見るからに鍛えていそうだし、裕太には明らかに体育会系の匂いがする。太一や茉莉も和香子も見かけによらず健脚だった。さらには留美も陽介よりは体力があるようだった。

「ねえ、どうしてそんなに体力がないのよ」

 和香子が励ますのか貶すのかわからない態度で隣を歩いてくれる。

「ずっと、家に引きこもっていまして……」

「あら、そうなのね。まあ、私も数週間前まではそうだったわね。でも、優斗君とやり取りが始まって、ジョギングをしたりジムに通ったりするようになっていたのよ」

「そうなのですね。じゃあ、他のみなさんも」

「そうなんじゃないかしら」

 ハアハア言いながらも何とか遅れないように歩いていると、不思議と身体が動きやすくなってきていた。少しはこの状況に身体も心も慣れてきたのかもしれないと、陽介は思った。そう言えば、高校を卒業してからも優斗と一緒に、電車で一時間ほどのハイキングコースのある小さな山に通っていたことを思い出す。何かあると優斗は陽介を山か海へと連れだしてくれた。陽介から誘ったことは一度もない。そもそも自分の意志で事をなしたこともなければ、どこかに行きたいとか、何かをしたいとかさえ、考えることもなく過ごしてきたことに、我ながら呆れてくるのだった。


「きゃあ~」

 大きな悲鳴が前から聞こえてくる。留美の声のようだった。大きな木の根に足を取られたのか、うつ伏せに倒れているのが見えた。

「大丈夫ですか?」

 みんなが駆け寄ると、足首を手で押さえ、留美は悶絶していた。

「あらら、挫いたみたいですね」

「痛い、すごく痛い」

 顔を歪ませて訴えているが、体重七十キロはありそうな留美を抱えるのはそう簡単にはいかなかった。

「すぐそこに別荘がありますから、そこまで頑張れますか?」

「はい、すみません」

 どうにか留美を立たせると、二渡と将平が留美の両脇を抱え、留美の荷物を裕太が持って歩き出す。呆然と立ちすくんでいた陽介はハッとなり、皆の後を慌てて追った。

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