第9話
バスは山中にある駐車場で止まった。近くに見晴台があるらしく案内板が見える。
「到着です」
「えっ?」
二渡の言葉に一番驚く陽介だった。
「あの……ここですか?」
「はい、ここからは私が歩いて案内をして村までお連れします」
「村まで?」
「よっしゃあ、歩くとするか」
将平が張り切って荷物を背負うと真っ先にバスから降りていく。それに無言で続く裕太。
「どのくらい歩くの?」
留美が不安そうに聞く。
「この辺りに住む者なら一時間もかかりませんが、慣れないとニ、三時間はかかりますかね」
「そうなの、嫌だわね」
言葉とは裏腹に留美の態度は歩くことに積極的だった。
「はい、頑張りましょう。私がおしりを押して差し上げます」
「あら、ありがとう」
和香子の軽口に留美は大きな声で笑いながら答えていた。
「ほら、茉莉ちゃんも頑張ろう」
「はあい」
女性三人はいつの間にか陽介の知らない間に結束を固めていた。そう言えば、茉莉も運動靴を履いており、ある程度の山歩きは覚悟していたようだった。
「はい、陽介君は着替えをした方が……」
二渡が遠慮がちに陽介のスーツ姿を指差しながら言う。
「えっ?」
「スーツだと山歩きには不向きかと、それにその靴では……」
「ああ、そうですね。でも、着替えは下着とワイシャツしかもっていませんし、靴もこれしかなくて」
陽介は革靴を見る。
「やっぱりね。はい、これ。優斗君から預かってきました」
有名な量販店のロゴが入った大きな買い物袋を二渡から渡され中身を確認すると、Tシャツにチノパン、ウィンドブレーカー、運動靴が入っていた。優斗が陽介に着替えの詳しい内容まで話さなかった理由はわかっている。陽介の通った高校には制服があったので日々の服装に迷わずにすんだのだが、学校以外で私服を着用しないといけない場面では、常に優斗に服装の相談をしていた。
「映画に行く服装って普通はどうなの?」
「模試の時にこのTシャツって普通かな?」
「大学では普通どんな服を着るのかな?」
こんな調子で常に優斗に服装の確認をしていた。だがある時、優斗からこう言われた。
「お前さ、普通、普通って、普通って何だよ。僕にはもうわからないから服装のことを相談するのは金輪際止めてくれ」
今回も着替えの話をした時、山歩きをするからそれに相応しい服装で、なんて言ってしまったら、陽介は優斗に「普通はどうなの?」って質問していたはずだった。きっと、その質問がくることが嫌でスーツを指定したのだろう。急いで着替えてバスから降りると、駐車場には誰もいなかった。展望台の方で話声がする。何人かはそっちへ行ったようだ。外の風はお昼休憩をしたサービスエリアとは比べ物にならないくらい涼しかった。トイレから出てきた二渡がバスからリュックサックを出してきた。
「これを使ってください」
「ありがとうございます。何だか、色々とすみません」
「いいえ、でも、本当に優斗君は何から何までお見通しですね」
「はい、昔からです」
「スーツや革靴やバッグは重いでしょうから、バスに置いたままで大丈夫ですよ。後でお渡しできますから」
陽介は二渡の助言に素直に従うことにした。
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