第6話

 陽介はメロンパンを二つ食べるとバスへと戻った。一度に五つ食べるのはさすがに無理だった。バスには運転手の二渡の他に奥園茉莉が元の席に座っている。笑顔を向けられ条件反射のように胸がドキッとしてしまう。年齢が十歳も離れているのに、ときめいている自分が少し情けなかった。二渡の視線を感じて見てみると、ニヤニヤと意味ありげに笑いかけてくる。陽介は平静を装い、すましてお辞儀をした。逆効果だと分かった時には後の祭りだった。

「陽介君、惚れた?」

 案の定、嫌な展開になってきた。何だか急に馴れ馴れしくもなっている。

「そんなことないですよ。自分より十歳も若い子にどうしてそんな……」

「今時、十歳なんて年の差は関係ないでしょう。アタックしてみたら」

「えっ、まさか……」

 待てよ。自死を希望している人たちの集まりだったはずだ。なのに、何故だかそんな悲壮感は微塵も感じられない。この二渡だってお気楽に見える。

「あの……これからってどうするのですか?」

「やっぱり聞く?そうだよね。気になるよね」

「ええ、皆さんは何だかやけに明るいですし、その……さっきの話とはちょっと・・・・・・」

「まあ、ここに来ている人たちは、人生に多少は行き詰ってしまったのかもしれないけれど、どこかに希望を見出そうとしている人たちだからね」

「そうなのですね」

「俺も良くはわかっていないのだけれど、優斗君のアイデアだから皆さん悪いようにはならないでしょう。君もあまり難しく考えないで、このツアーを楽しんでよ」

「……はい」

 百パーセント納得したわけではなかったが、休職中で時間はあることだし、何より優斗のアイデアというのだから、それに乗っかろうと陽介は腹を決めていた。


 集合時間が近づき参加者たちが続々とバスに戻ってくる。留美と和香子は意外にも意気投合したのか昔からの知り合いのように振舞っている。太一はそのすぐ後にまるで二人の親戚の子だと言わんばかりの雰囲気で黙って歩いていた。残るは将平と裕太だった。

 約束の時間を二分過ぎた時に、将平が急いで駆けて戻ってきた。

「すみません。トイレから出られなくなってしまって」

「あら、大丈夫?」

 留美が心配そうに言う。

「はい、もう大丈夫です」

「後は裕太君だけですね」

「えっ、彼まだ来ていないの?確か私がトイレに入るときに、彼がトイレから出てくるところを見かけたけれどな」

「ちょっと、見てきましょうか」

 陽介はバスから降りようとする。

「あっ、私も行きますよ。ちょっと様子が変だったから」

 将平と一緒に陽介は小走りにトイレのある建物へと向かった。


「あっ、あそこ」

 外に並べてあるパラソルのついたテーブル席にリュックサックを抱えて座る裕太を将平が最初に発見をした。二人が近づくと裕太は一瞬驚くも逃げ出す素振りは見せなかった。

「裕太君、どうした?」

 将平が咎めるでもなく、叱るでもなく、優しく尋ねる。

「ちょっと見せて」

 優しい言葉とは裏腹に将平は無理やりリュックサックの中身を確認し、中からサバイバルナイフを取り出した。

「えっ?」

 陽介は声を出して驚く。将平はやっぱりそうかという顔つきだった。

「これは添乗員である陽介君に預かっていてもらいましょう」

 返事はしなかったが、裕太がそのことを受け入れたことはわかった。どこか、ホッとした表情が見て取れる。

「バスに乗ろう。このことはここにいる三人だけの秘密だ」

「はい、そうですね」

 陽介は大きく頷きながら返事をしていた。

「バスの女性陣はお節介焼きのようだし、関わると面倒くさそうだからな」

 将平の発言に少しだけ頬を緩ませる裕太だった。打ち解けたわけではなさそうだが、将平を嫌ってはいないようだった。陽介のことは相変わらず無視しているような態度ではあったが。

「どうしたの?大丈夫?」

 バスに向かって歩いている三人の姿を見つけた留美は、窓を開けて大声で叫んでいる。

「腹が痛かったって言えばいい。何も言わないと根掘り葉掘り聞いてくるぞ」

「はい」

 裕太は素直に返事をしていた。

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