第5話

 陽介は当てもなくサービスエリア内をウロウロしていた。朝から何も食べていないことを思い出すが、空腹は感じられない。多くの人々が楽しそうに食べ物と向き合っている様子に自分との乖離を感じてしばらく動けなくなる。誰かとぶつかり弾き飛ばされるように足が動き出す。しばらくして香ばしい匂いに誘われ、気が付くと店の前に立っていた。

「メロンパンの専門店……最後の晩餐かぁ……」

 陽介のお腹がぐぅとなる。身体は心より正直だった。

「すみません。メロンパンを二ついやあ、五つください」

 普段なら絶対に買うことのない量。これが最後の晩餐ならメロンパンだけで腹を満たそうと瞬時に決めた。一緒に牛乳を買う。それ等を持って食事のできるフリースペースに移動する。空いている席を探していると遠くから声がかかった。

「添乗員さん、こっちこっち」

 大きく手を振る派手な服装の女性が立ち上がって陽介を呼んでいる。辛島和香子だった。どうしようかと悩んだのだが、行かないと何か言われそうで、その方が後々面倒だと咄嗟に判断していた。大きなテーブルには和香子の他に、浅日将平、柿山太一、曽根崎留美がいた。

「あらあ、添乗員さんはメロンパンですか」

 留美に言われ、陽介は恥ずかしくなる。

「メロンパン、いいですね。私も好きですよ。私はコロッケパンですが」

 おどけて言う将平に恥ずかしさも半減してくる。

「私はモンブランとチョコレートケーキと苺のショートケーキとレアチーズケーキ」

「留美さん、そんなに甘いものばかりで大丈夫なの?」

「あら、もっといけるわよ」

 笑い合う和香子と留美だった。そんな留美を揶揄った和香子は、おにぎりと唐揚げをチョイスしている。太一は季節の野菜と銘打ったサラダを黙々と食べていた。

「そうだ、添乗員さんのお名前は何でしたっけ?ごめんなさいね。忘れてしまって」

 留美が唐突に言い出す。

「あっ、山岸陽介です」

「それなら陽介さんね」

「えっ?」

「今ねえ、ちょうど何て呼び合うのか話していたのよ。苗字じゃよそよそしいから下の名前で呼び合おうって」

「はあ……」

「せっかく集まったメンバーですからね。仲良くやりましょう、ということで」

「そう、それなのに若い二人はどこかに行ってしまうし」

 留美は不満そうだった。

「まあ、それはいいじゃないですか。それぞれ事情があるのでしょうから」

 将平の言葉に留美もしぶしぶ納得をしていた。

「ねえ、将平さんはどうしてコロッケパンなの?」

 話題を変えようとしたのか、和香子が将平に無邪気に聞く。

「学生の頃、そんなにお金がなかったからコロッケパンばかり食べていてね。それを思い出して」

「あっちに、ブランド和牛のくそ高いお弁当があったじゃない。ああいうのを食べるのかと思った」

「ああ、あったね。でもああいうのはもういいかなって、散々食べたし、よく考えればそれほど美味しくもないしね。今の私にはこれが一番うまい」

「そういう和香子さんだって、もっと高級なものを選ぶのかと思ったら、普通じゃないの」

 普通という言葉に勝手に反応してしまう陽介だったが、誰も陽介の事を見てはいなかった。

「私はねえ、普段はチョコレートばかり食べていたの。あまり食には興味がなくてね。でも最後の晩餐くらいはちゃんとしたものを食べようって思って」

「それがおにぎりと唐揚げですか。何だかわかる気がするなあ」

 将平が大きく頷く。

「子どもたちが小さい頃を思い出すわ。唐揚げは遠足や運動会の時に散々作ったから」

「留美さんの唐揚げ、食べてみたいな」

「普通よ」

 またしても身体が勝手にビクッと反応する陽介だった。

「でも、それがいいんだよね。まさしくおふくろの味」

 和香子と留美と将平は三人で話が盛り上がっている。太一は食べ終わると野菜の直売所へとさっさと行ってしまった。そんな太一に誰も何も言葉をかけなかった。

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