第4話

 バスは都心から離れていく。高速道路から見える景色が、高層ビル群から集合住宅が立ち並ぶエリアへと移動し、次には戸建て住宅街へと瞬く間に変貌していく。そして気付けば美しい田園風景が広がっていた。

 誰もどこに行くのか、とも、何をするのか、とも聞いてこない。しかも参加者たちは初対面のはずなのに、何だか気心が知れているし、何か共通点があるようにも思われる。それが何かを考えているうちに、陽介は心地よい眠りに誘われていた。


 陽介は夢を見ていた。小学生の陽介がショッピングモールで赤い帽子を母親にねだっている。

「赤は女の子みたいだし、目立つから駄目。そうね、この青の帽子の方がいいわ」

 陽介は買っては貰えない赤い帽子をいつまでも見つめていた。

 場面が変わり、高校生の陽介はコンビニでメロンパンを買って学校の休み時間に食べている。このことが母親に知れたら、とても叱られると内心冷や冷やしながら。

「お前、毎日メロンパン食べて飽きないのか。そんなに好きならメロンパンだけのパン屋でもやったらいいのに」

 優斗が真面目な顔をして言う。

「そうしたいけれど……、親が何て言うか」

「親なんて関係ないだろう」

 再び場面が変化した。家に帰ると父親と母親が喧嘩をしている。母が父に文句を言う。反論していた父はすぐに降参し謝る。そして、自室に閉じこもる。次は陽介が母親から文句を言われる。どんな内容の文句だったのかは聞こえてこない。ただ、母親の文字にならない喚き声だけが頭の中を駆け巡る。


 大きな笑い声で陽介は目を覚ました。とても不快な夢だった。思い出したくない、できることなら消してしまいたい記憶だった。今まで封印してきたのに、どうしてここにきて夢として出現してしまうのか、それを考えることも避けたかった。優斗に話せば笑い話に変えてくれるような些細な事柄かもしれないのだが、陽介にとってはとても重たい両親との出来事だった。


「もうすぐ着きます」

 二渡の声で我に返る。

「あっ、はい」

「着いたら一時間後にバスに戻るようにご案内をして解散してください」

「わかりました」

 バスは大きなサービスエリアに到着した。参加者たちが次々とバスから降りる。

「最後の晩餐かもしれないから思いっきり好きなものを食べなきゃね」

 和香子が明るく言うと一瞬の沈黙の後、そう、ほんの一瞬、普段の陽介なら見逃していたはずの一瞬の沈黙の後、参加者たちから賛同の声がした。

 最後に裕太がバスを降りると、陽介は二渡と二人きりになった。二渡は何か手帳のようなものに書き物をしているのだが、聞きたいことが山ほどあった。

「あの、すみません。今いいですか?」

 躊躇するも二渡に声をかけた。

「えっ、はい、何でしょう」

 嫌な顔せず返事をしてくれた。

「このツアーというのは……何ていうのか……」

 聞きたいことが山ほどあるはずなのに、何をどう聞けばいいのかわからない。

「優斗君から聞いてはいませんか?」

「いいえ、何も」

「そうだったのですか。てっきり君も参加者だと思っていました」

「自分も参加者?」

「ええ、このミステリツアーは自死をしたい人たちが集まったと聞いています」

「じし?えっ、それって自殺のこと?」

「ええ、そうです」

「えええ、それって・・・えっ?」

 益々頭が混乱してくる。

「SNSで集まったのが彼らです」

「えっと、死にたい人集まれって、感じですか?」

「まあ、そうですね。たぶん……詳しいことは優斗君から聞いてください」

「それって違法ではないのですか?」

「さあ、そのあたりのことは問題なくやっているのかと。優斗君のことですから」

 優斗が絡んでいるのであれば確かに法に触れるようなことはしないと、陽介も断言できる。それにしてもやけに明るい参加者たちだと陽介は思った。二渡から聞かなければ、自死を望んでいる人たちだとは思うことすらないだろう。

「あのお、この後は……」

「それは君にも教えません。そう言われていますから」

「えっ?そうなのですか?そうだ、優斗からは着替えを持っていけと言われたので、一応二泊分の着替えを持参しているのですが、このツアーって何日の予定なのですか?」

「期間は未定です」

「えっ?そんなあ……」

 陽介は優斗から着替えを持って行けと言われた時点で、何泊の予定か聞かなかったことを後悔していた。せいぜい二泊か三泊程度だと勝手に思い込んでいた自分にあきれ果てる。

「私はお弁当を持ってきていますから、バスの中で食べますので、どうぞ食事に行ってきてください」

 そう二渡から言われて、陽介はのろのろとバスを降りた。バスから降り立つとアスファルトがやけに熱い。夏の直射日光をまともに浴びて、一瞬クラっとなる。レストランや売店のある建物までの距離が果てしなく遠くに感じる陽介だった。

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