第2話
懐かしさに浸っているとその優斗からの電話が鳴った。
「もう、起きられるよな。すぐに指定する場所に行ってくれ」
「えっ、何?なんで?」
「いいから、早く支度をしろ。会社に行く恰好でいいから。お前の定番の紺のスーツにネクタイ。お前には添乗員をやってもらう」
「えっ、添乗員?……俺、やったことないし……」
「大丈夫だよ。運転手さんからメモを渡してもらって、それを読み上げればいいだけだから。それにミステリーツアーだからお客さんから質問されても「答えられません」で通せばいい。それにお客さんと言っても六名だしな」
何が何だかわからなかったが、優斗の言われるままに陽介はスーツに着替えた。礼服以外では紺のスーツしか持っていない。一度、優斗からどうして紺のスーツしか着ないのか、聞かれたことがあった。自分がなんて答えたのかは覚えていないが、優斗から「お前らしい」と言われたことを思い出す。
迷っている暇もなく、というよりは迷うことも忘れて身支度を整え、指定された場所に行くと、中型バスと中年の運転手らしい男性が待っていた。その男性が笑顔で挨拶をしてくるが、蝉の声にかき消されてしまう。真っ青な空に入道雲が広がっている。こんな場所に身を置いたのは久しぶりのことだった。
運転手に促されて、バスに乗り込む。改めて挨拶を交わした。
「運転手の二渡です。本日はよろしくお願いします」
「あっ、あの……小山優斗の友人の山岸陽介です。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「では早速、これが本日の参加者名簿です。名前の確認をしてバスにお乗せください」
「はい」
「まだ集合時間には間がありますから、そちらの席でお待ちください。何かわからないことがあれば何でも聞いてください。答えられる範囲でお答えいたします」
「ありがとうございます」
二渡の人懐っこい笑顔に安心感を覚え、何とかなるだろうと気楽な心持になっていた。
時刻は集合時間の三十分前だった。自分の席に座った途端、バスに向かって歩いてくる中学生くらいの男子生徒が見えた。
「えっ、子ども?」
思わず声を出していた。
「名簿に年齢も確か書いてあったはずです」
二渡に言われ名簿を見ると、年齢十四歳、職業欄に中学生とある。他のメンバーが大人であることを確認し、少しだけホッとしていた。子どもの扱いには慣れていない陽介だった。
バスの外に出て、中学生、柿山太一を迎え入れる。礼儀正しく大人しい子だ。太一のすぐ後にやってきたのは太一の母親よりもきっと年上だろうと思われる女性だった。
「あら、ここでいいのかしら?私は曾根崎留美です」
自分から名乗り出てくれてホッとする。年齢の欄には五十代とあった。明るい印象だが思いの外やつれていた。その後はしばらく誰もこなかった。バスの中に入った二人が気になるが、運転手の二渡がいることだし任せることにして外で待つ。夏の日差しは時間の経過とともに激しくなる。直射日光をまともに浴びるのなんて高校生の時以来だった。優斗に誘われた茨城の海岸が思い出され、今回もまた優斗の誘いに乗ってどこかに向かっている自分に改めて気づく陽介だった。
次の参加者らしき人がバスに近づいてくる。白いジーパンの似合う、まだ学生と言っても通用する若い女性だ。二十三歳OLの奥園茉莉だとすぐにわかった。笑顔で挨拶をされ、陽介は少しだけ照れていた。『かわいい』と心の中だけでつぶやく。次にやってきたのは無職の浅日将平、四十九歳だった。年齢よりも明らかに若く見える。高級ブランドのロゴ入りバッグといい、高そうな腕時計といい、明らかかにお金持ちといった雰囲気だったが職業欄には無職とあった。ほぼ一緒にあらわれたのは大学生の三宅裕太だった。将平が満面の笑みでやってきたのに比べ、裕太の方は明らかに仏頂面で挨拶さえまともに返してはもらえなかった。その二人がバスに乗り込むと集合時間の五分前になっていた。
「ええと、後は辛島和香子さんだけですから、時間までしばらくお待ちください」
バスに乗りそれぞれの席に落ち着いた五名に声をかける。太一は頷くだけ、留美は「はあい」と大きな声で、茉莉は「はい」と小さく笑顔を添えて、将平は「おお」と右手を挙げて横柄に、裕太は窓の外を見たまま何の反応もしてくれなかった。
「そうだ忘れていました。すみません。こちらにスマホやパソコンなど通信手段のある機器をお入れください」
二渡は靴が入るくらいの巾着袋を出してきて言った。バスに乗っている全員がそれに従う。
「はい、山岸さんも」
「えっ、あっ、はい」
陽介も従わないわけにはいかない状況だった。
「でも、あの……優斗に確認したいことがあった場合は……」
「私が優斗君とやり取りをしますのでご安心ください」
ご安心と言われても、ネットも見られないとすると、何だか少しだけ不安になる。せめて優斗とは直接連絡を取り合いたい。参加者たちから不満の声が出ないということは、事前にそれを告知しているということなのかもしれない。ミステリツアーなのだからそれも当たり前のことなのかと、陽介は納得するしかなかった。
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