後編 コハル、ヒミツのお仕事は……。
コハルは都会に引っ越して二か月ほどたった。職場の先輩たちに仕事を教わりながら同期の社員とも仲良くなって慣れてきた頃だった―。
「コハルさん、そろそろヒミツのお仕事してもらうわよ」
二匹の柴犬にかこまれ、お茶を飲むキリコさん。
「はい、わかりました。土曜日は会社の友だちと腹黒宿に出かけるので、日曜日なら大丈夫です」
日曜日の早朝、キリコはコハルに荷物とメモ用紙を渡す。
「最近、わたくし足腰が弱くなってなかなか行けなくなってねぇ。代わりに行ってきてほしいのよ。今から紙に書いてある通りに進むと、その家に辿り着けるから、家の者に荷物をわたしてちょうだいね。それとこれを……」
「――はい、わかりました。これを渡せばいいのですね」
(たったこれだけで、家賃一万円なんてラッキー!)
早速、アパートを出ると、メモに書いてある通り、玄関に置いてある盛り塩をすぐ横の用水路に流した。
昨日が雨だったからなのか霧が出ていた。そのまま歩き出すと、
「ピー」「ポー」
と不気味な声がするので上をみあげると、木の枝にトラツグミがいた。
「あーびっくりした。かわいい顔して不気味な声なんだから……」
辺りの景色が見えてきたと思ったら小雨が降ってきた。
「しまった、傘持ってないんだよねー。あれ? こんな場所に家が?」
歩いていたらメモのとおり碧色の家が出現した。碧色の家は、先ほどの霧と小雨で靄がかかってよく見えない。
「……」
(なんか怖いなー。でもこの荷物を渡せば終わりだよね)
呼び鈴を鳴らす。すると玄関に出てきたのは真っ白い肌の白い着物を着た女性だった。
「お待ちしておりました。キリコの妹の
キリコさんは八十歳くらいだと聞いたが、妹のサミダレさんは若く美しかった。
(これは一体どういうことなんだろう……?)
「こんにちは。森コハルです。キリコさんから頼まれた荷物をお持ちしました」
「まぁ、わざわざありがとう。どうぞ、おあがり下さい」
扉を開けると、広い土間の横には足湯になっていた。
「寒かったでしょう。源泉かけ流しの足湯に入って」
「はい」
コハルは靴と靴下をぬぎ、足湯につかると芯から温まった。
「あーちょうどいい温かさです。気持ちいい」
「気に入ってもらえてよかったわ」
「キリコさんとは年の離れた姉妹なんですか?」
「……いいえ。ただねぇ、わたしが特殊なところにお嫁入りしたものだから。大変だけど使命だと思い、職務を全うしているわ」
「はぁ……」
荷物を受け取ったサミダレさんは中身を確認した。そこには化粧品やネイル、馬油にハンドクリームなどがたくさん入っていた。
「そうそう、これ欲しかったの! 姉にお願いしてから二十年以上たっていたから、ずっと待っていたの。どうもありがとう」
「……」
「――客人か?」
部屋の奥から水音のような声がした。サミダレはコハルの手を取ると囁いた。
「いけない。夫だわ。コハルさん。もう帰ってくださる? ここにいてはいけない。気に入られたら大変……」
「え?」
ひんやりした手、サミダレは焦った顔だったので、コハルは嫌な予感がした。靴下を履き、靴のかかとは踏んだまま急いで玄関扉に手をかけた時、すぐ後ろに髪の長い白髪の白い着物を着た男が立っていた。
「わたしは瑞太郎と申すもの。待ちなさい。これは魔収湖キリコさんが好きなイワナだ。下処理がほどこされている、そのまま塩を振りかけて君も食べるといい」
伸びる白い手からは光沢のある白い鱗が見えた……。
「わ、わかりました!」
気がつかないふりをしてイワナを奪うように取ると、一瞬、男の隙間から足湯の湯がコポコポと溢れているのが見えたので、慌てて家を出ようとすると男がコハルの手をつかんでいる。
「!」
(どうしよう……帰れなくなっちゃう?)
「そなた……」
「は、はい!」
「キリコさんから……わたし宛てに何かなかったか?」
「あ……はい。ありました」
コハルはそれを渡すと男が歓喜している隙に玄関の扉をしめた。歩き始めると霧が一気に晴れ、振りかえると碧の家はなかった。コハルは安堵すると吐息がもれた。
(もしも家の者に引き留められたら、渡しなさいって言っていたな……)
それはキリコさんがずいぶん前に荷物を届けた際、お土産に持っていったのだが、男がたいそう気に入ったラン・グ・ドシャ。ホワイトチョコレートを挟んだ日ノ国で人気のお菓子だ。
コハルが帰ってすぐあと、トキノ荘はアパートの老朽化で取り壊しが決定した。引っ越し先を探すため再び不動産屋に行くも、雑居ビルはなかった。コハルはその後、同窓会で会った高校時代の同級生と結婚するため地元に戻ることにした。
***
……それから数十年が経ち、コハル似の娘は都会に憧れて、もうすぐ家を出る。コハルは娘に忠告しておかなくちゃと思った。
おしまい
―――――――――――――――――――――――――
【五分で読書】風に短編小説書いてみました。
これは児童文学か絵本のお話を書いている気分でした。
楽しんでいただけたらうれしいです♡
補足:ラン・グ・ドシャは「白い恋人」ではないです。日ノ国で人気の「眞白い恋人」というお菓子です( *´艸`)
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