大家キリコの秘密の依頼

青木桃子

前編 コハル、大家のキリコさんと出会う

 この春から、新社会人になる森コハルは田舎から都会に住む予定だ。下見もかねて上京した初日、さっそく住むところを探す。


「あーもーわからない」


 コハルは地元で良さそうな物件をネット探していたのだが、母があれこれ口を挟むので決めきれない。住む地域に特にこだわりはないが、とんでもなく変なところに住みたくなかったので、降り立った駅で最初に目についた不動産屋に入り、いい物件を紹介してもらうことにする。


 古びた雑居ビルの一階に縁戸津えんとつ不動産がある。イマドキのおしゃれな外観じゃなくて、窓ガラスに手書きの間取りと家賃が載ったセピア色の張り紙がたくさん並んでいた。

 ガラガラ……。建付けの悪いガラス扉を開ける。すると小太りで中年の男の社員がにこやかに対応してくれた。


「駅近く、家賃は四万以下で、部屋キレイで、女一人で暮らしても安心のセキュリティ付きの良い物件ありますか!!」

 都会でその条件は難しそうだがコハルは思いきって聞いてみた。

「―あいにく今のところ、そのような物件はございませんなぁ」

「やっぱりか……」

 コハルはわかりやすいガッカリをする。


「じゃあですね、建物は古いですが、条件付きで安い物件ありますが、いかがでしょうか」

「はいはい。なんでもいいから紹介してください」


 ――都会に憧れるコハルの職場は猫目黒区にある。都会の空気を吸い、流行りのファッションに身を包み、渋々谷を颯爽と歩くことが夢だった。多少、住むところが古くても安いほうがいいと妥協した。


「ボクじゃ何だし、小路こみちさん、このお嬢さんを車でその物件まで案内してくれるかな?」

「いいですよ~」

 美人で背が高くモデルのようなスタイルの小路さんは鍵を受け取り、コハルを車に乗せた。


「今日はいい天気ですねぇ。あ、シートベルトお願いしま~す」

「は、はい!」


 車がとまった先は、迷路のように入り組んだ街並み、古い建物が目立つ。旗竿地に建つ五階建ての古いアパートだった。手前の土地は更地で雑草が背の高さくらいまで生えていた。車を降り、アパートに向かう途中、コハルは用水路の前に小さな人型の丸い石が置いてあるのが気になった。着いたアパート名が『トキノ荘』と書いてあった。

「森さん、一階に大家さんが住んでいるので、挨拶しましょうか」


 ガラガラ……。これまた建付けの悪いガラス扉を開ける。都会に憧れ、就職を決めたものの、この辺はちっとも都会にきた雰囲気にない。土間コンクリート玄関から小上がりの和室があり、二匹の柴犬といっしょにコタツに座る人がいた。 


「こんにちは~。魔収湖ましゅうこさん」

「あら、不動産の……」

 そういって、白髪でメガネをかけた年配の女性が大家さんだった。


縁戸津えんとつ不動産の小路で~す。こちら、春からこの辺に住む予定の森コハルさんです。初めての一人暮らしなので、何かとお金もかかりますし、魔収湖さんのアパートを紹介させていただきたく参りました」

「はじめまして……森です」

「わたくしは大家の魔収湖キリコと申します。おやまあ、かわいらしいお嬢さんじゃない」

「家賃四万円以下の物件がいいそうです。魔収湖さん、なんとかできませんか?」

「そうねぇ。わたくしこのお嬢さんが気に入ったので、条件をいいましょう」

「条件……?」


「ええ、五階建てのアパート、五階の家賃は十五万円、

 四階は週一回、アパート周りの掃除をすれば十万円、

 三階は週二のゴミ置き場の掃除してくれたら五万円、

 二階は毎日二回、犬の散歩をしてくれたら三万円、

 一階はときどき、ヒミツのお仕事を引き受けたら一万円です」


 目を見開き、コハルはその条件に飛びついた。

「一万円……。わたし、一階のヒミツのお仕事したいです!」

「そうこなくっちゃね。いいでしょう」


 こうして、春から住む場所が決まり、コハルはキリコのアパートに引っ越してきました。

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