さっきの話
爪木庸平
出会い
駅前で踊ってる女の子見た。
ラブい。ハート。
さすがに午前四時だから人通りはなかったけど女の子はいた。
イヤホンをしてたからそれで音楽を聴いていたんじゃないかな。店のガラスの前で踊ってたから普通に考えると自分の姿を見ながら踊ってたんだろうけど別にフォームを確認するとか自分の姿を見るとかあんまない雰囲気だった。ただガラスの前にいただけ。
服はなんていえばいいかわからないけど普通の地味な感じだった。パーカー? トレーナー? 言い方がわからない。たぶんSUZURIで売ってる。売ってそう。
駅前の喫煙所から見える場所だったから煙草吸ってスマホ触るフリをして、見てた。
観察する所。
幼い頃からダンスの教育を受けてた訳じゃないと思う。可動域とか身体の柔軟さを見てるとそんな感じで、昔友達にいた小さい頃からガチダンスの人を思い浮かべて、たぶんなんらかの教育システムで育った訳じゃないだろう、とあたりをつけた。
とはいえ踊ること自体は昔から自然とやってそうではあった。教室とかそういう空間ではなく、家庭とかそういう空間で誰かが音楽を鳴らして、会話をするように、大きくカラダを使い続けてきた人なんじゃないかという気がした。
本能、というより、教育、ではなく、なんだろう、習慣?
年齢はハタチぐらい? 高校生からクラブに入り浸りでいまそういう感じと言われると一番納得感がある。はずれとはいえ東京だし、そういう若者はまあ珍しくはないだろう。
煙草を一本吸う間、彼女は同じパターンを繰り返さなかった。常に違う文脈、違うグルーヴの上に身体を接続し続けていて、同じパターンを見るとなると、それまでにたばこを何本吸えばいいのかわからなかった。
年齢について考え、習慣について考えた。自分の喫煙の習慣とはまるで違うなと思った。ここ数年はすっかり好みが保守化して違う銘柄に手を出そうという気が起きずずっと今のを買い続けている。変えないのが楽で、身体を動かしたくない。喫煙所に留まり続けたい。喫茶店ならなおいい。
ダンスが終わった。
自販機で水を買って帰ろうとする彼女に声をかける。
「なに聞いて踊ってたの?」
「僕、男ですよ」
へえそうなんだ。
「へえそうなんだ。曲は?」
会話を終わらせたくなかった。
「まあこういうのですけど……」と言いながらスマホの画面を見せてくれる。
その後少し話をして僕ら友達になった。
彼は煙草嫌いらしいので彼の前では吸わないようになった。
さっきの話 爪木庸平 @tumaki_yohei
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