第9話 警備会社のシステム

「78万円!」

ルカは銀行のATMで振り込まれた給料を見て驚愕した。前職では・・・と言っても数ヶ月しか働いていなかったが手取りは19万円であった。

半強制的な転職となった。辛いこともいっぱいあった。そんな嫌な思い出も吹っ飛ぶくらいの金額に初めて転職して良かったと思った。


にやけ顔が止まらないルカはヨガスタジオで給料の使い道を考えた。会社が用意した寮に住んでいるから家賃はかからないでしょ。

欲しかったコートを買って、旅行にも出かけよう。友達に教えてもらったホテルランチにも行きたい。

そんな計画を練りながら、硬くなった体をヨガの独特なポーズでほぐしていく。


「よう」

幸せな妄想から急に現実に戻される嫌な声が隣から聞こえた。ドスがきいた男の声。

「給料出たんだろ。ATMに行こうか」

ツルツルに剃った頭に頬から伸びたヒゲ。屈強な体格をしたその男は華やかなヨガスタジオにそぐわない。

「ケイジ先輩。どうしてここに」

「そりゃあお前の借金を回収に来たんだよ」

先程までの楽しかった妄想が頭の中で粉々に崩れる。

泣きたい。こんなにも泣きたいのに涙が出ない。それくらいのショックがルカを襲った。


78万円の給料のうち70万円をケイジ先輩に取られた。8万円で1ヶ月生活しろなんて殺生過ぎる。

ルカの文句や悪口をケイジ先輩は全て無視しながら歩いている。


「そういえば、どうしてこんなに給料が出るんですか?」

ルカは反応がない悪口に言い疲れて、純粋に思った疑問をぶつけてみた。

「うちは収益の3分の1をみんなで分けているからな」

「ん? よく理解できない」

ケイジ先輩は急に歩みを止める。後ろを歩いていたルカは突然の停止に対応できず、その背中に思いっきり顔をぶつけた。

「そういえばちゃんと説明していなかったな。うちは契約店舗から30万円。会員から500円の会費を貰っている。1ヶ月に一回の利用は無料だが、二回目からは一万円を取る。その収入が先月はだいたい5億円になった」

説明を聞いて、ルカは暗算で契約者数とかを求めようとしたが分からなくなったので止めた。そんな反応を無視しながらケイジ先輩は話を続けてきた。

「その5億円を3等分する。1つは会社の維持費。家賃や弁護士費用やアプリのシステム会社に払ったりする分な。次の1つは社員400人で割る。基本給といったところか。そして最後の1つが出動回数で割っていく手当みたいなものだ」

今度は何となくルカの頭でも計算出来そうであった。5億円の3分の1で、1億6666万円。それを400人で割って・・・

「じゃあな。また来月も回収に来るから」

珍しくケイジ先輩が丁寧に説明してくれたと思ったら、そう言い残して考えているルカを置いて急に去っていった。

照れ隠し・・・な、わけがないか。

大きな背中を見つめながら、意外にしっかりしたシステムをしていた会社であったことを少し誇らしく感じた。

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