第8話 引きこもり

シンヤ先輩はなめ回すようにルカのことを見つめている。もうこれはセクハラだと思っていたがおとなしくしているしかできなかった。

正面だけではなく、後ろ姿もじっくり見つめる。そして少し考えたあとに、ぼそっとシンヤ先輩が呟いた。

「だめだな、こりゃ。使い物にならない」


うら若き女性を散々見つめたあげくに使い物にならないとはどういうことか。

ルカの憤りセンサーは一瞬にして頂点に達した。

「ちょっと、どういうことですか? さっきから黙ってずっと見つめてきて」

小太りなシンヤ先輩はヤクザ相手であっても動じることはないであろうが、女性は少し苦手なのか、詰め寄るルカに対して少したじろいだ。

「いや、引きこもっている奴がいてさ。こんな奴は大抵、彼女が出来れば解決なんだよと思って」

「じゃあ私が適任じゃないですか。依頼者を惚れされて、生きていく希望を与えればいいってことですね」

物わかりの良いルカであったが、適任かどうかの判断が当人とシンヤ先輩とでは違うようだ。そんなこと言わせないと先輩が口を開く前にルカは告げた。

「私が行ってきます」


引きこもっている若者は健太といった。26歳で転職を数回繰り返すがどこにも馴染めず現在は無職であった。

その健太は喫茶店でルカの目の前のテーブルに座っている。

ほら、上手く誘いだすことが出来た。やっぱり私が適任だったんだとルカは健太を見つめながら悦に入っていた。


「次はどんな仕事を探しているの?」

「働きたくない」

ルカの質問に健太はうつむきながら答える。

「そうよね。私も仕事は嫌なことばかりだったな。今の仕事なんてパワハラにセクハラのオンパレードだから」

「・・・つまらないです。」

「えっ?」

「僕に無理して関わらなくていいです。どうせ母がお願いしたんでしょ?」

見抜かれていたことにルカは内心焦りまくった。何か取り繕う言葉を言ってみたけど余計意固地な態度に変わっていく。


「僕、帰ります」

健太が立ち上がって出口に向かおうとした瞬間、女性の悲鳴があがった。もちろんルカのものではない。

「ごめんなさ~い」

床に尻餅をついたまま甘ったるい声を出す女性。タイトスカートは膝上までめくれ上がっていて、シャツのボタンは第二ボタンまで開けている。


「起こしてくれる?」

女性は手を健太の前に差し出す。

「あっ、ごめんなさい」

健太はズボンでサッと手を拭いてから彼女の手をつかんで、引き上げるようにして起こしてあげた。ちょっと勢いが強すぎたのか、今度は彼女が健太に抱きつくようにしてぶつかった。

絶対ワザとだ。

ルカの軽蔑の視線が女性に向かうが、彼女はそんな視線を無視して健太を見つめ続ける。そして二人はそのまま一緒にお店を出ていった。

「なんだ、あの女」

一人取り残されたルカは、誰にも聞かれることがないからと声を出して文句を言った。



あのフェロモン振りまくり女と再会したのは1ヶ月後のことであった。

ルカが社員寮の玄関を出た時に後ろから背中を軽く叩いてきたのだ。後ろからということは彼女も同じゴクアク警備会社の社員ってことだろう。

「ルカさんでしたよね。以前はナイスアシストでした」

笑顔でそう言われて、ルカも引きつりながらも笑顔で答えた。

「同じ会社の方だったんですね。最初から教えてくれたら私ももう少し上手くやったのに」

彼女はきょとんとしてルカの瞳を見つめる。

「いえいえ、ルカさんは完璧でしたよ。シンヤさんの言った通りでした。余計なことは言わなくてもルカさんは上手くやってくれるって」

あの野郎!

シンヤ先輩のにやけ顔を思い出しながら沸々と怒りの感情が高まっていく。


彼女はアリナといった。この会社の社員ということなのでやっぱり前科持ちで、美人局で逮捕されたことがあるそうだ。

今回のターゲットだった健太からは貯金を全部巻き上げたらしい。そして定職に就かせてその給料も巻き上げるという魂胆だ。

アリナが言うには「社会人として働けるようにしたレッスン代よ」ということだそうだ。

文句を言いに行ったシンヤ先輩が上機嫌でルカに教えてくれた。

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