第6話 ブラック企業

ルカの先輩たちへの不満は止まらない。お酒が入ると尚更である。

キャバクラでお客が暴れている仲裁の仕事が終わると、そこから居酒屋に向かった。これがケイジ先輩だったら即行で帰るのだが、今回ルカと一緒に行動したのはカズチ先輩であった。

彼の年齢はルカの2~3歳上で若手に入る。口数は少なく端正な容姿で、ケダモノのような諸先輩方とはわけが違う。

ただ格闘技で優勝しただけのことはある鋭い目付きが、単なる優男ではないことを証明していた。


「カズチ先輩はかっこいいんだからモデルでも行けたはずです。どうしてこの会社に入ったんですか?」

会社内で一緒にお酒を飲みに行って気持ちよく酔えるのも彼だけである。年齢も近いし、落ち着いて何でも受け止めてくれるから安心が出来る。

「自分は、以前自殺をしようとしていたんです」

周りのサラリーマンたちや学生たちの喧噪に相応しくない重めの言葉に、ルカは酔いが冷めるのを感じた。

カズチ先輩は淡々とした口調のまま当時のことを語り出した。


「当時の私はブラック企業に勤めていて、膨大な仕事量に押しつぶされていました。上司に罵倒されて、自分は世の中に要らない人間なんだと思い込んでしまって。だから失踪したんです。

山の中にある無人の神社みたいなところで寝泊まりして、手にしたナイフで死ぬか、それとも上司を道連れになんて考えてもいました。

そして母親が警察の後に頼ったのがゴクアク警備会社だったんです。

大人が失踪したくらいじゃ警察なんて何もしてくれないじゃないですか。でもうちの会社の人たちは警察の捜査さながらに防犯カメラの映像を追って、自分の潜伏先までやってきたんです。

そこから一緒に勤めていたブラック企業に連れていかれて、会社内をめちゃくちゃに荒らしまくったんですよ」


そこまで聞いてルカはそれが誰なのか知りたくなった。恐る恐る聞いてみると「チョウさんです」と言われて納得した。


「で、これでお前もクビ確定だなとチョウさんが言って、退職願を投げ捨てて去っていきました。私は付いていくことだけしかできなくて。まあ、本当にクビになって仕事は失いましたけど、命は失わずに済みました。」


勤めることになった理由は分かったとしても、オフィスをそんなに荒らされて訴えられたりしなかったんだろうかとルカは疑問に思ってみた。


「人に危害を加えなかったことと、ブラックですから後ろめたさがあったこと。あとはこんなヤバイ奴を抱えているゴクアク警備会社を敵に回したくなかったのでしょうね。損害賠償も請求されずです」

少し笑顔を交えながら話すカズチ先輩は、死のうとしていたなんて感じさせないスッキリしたものがあった。

人って自分の生活圏の環境が、世界の全てだと思ってしまう怖さを改めて感じた。

それにしても訴えられないことまで計算だったのだろうか。それとも訴えられてもいいとでも。裁判費用と損害賠償を天秤にかけて、得にならないまで読んだのだろうか。

あの脳みそまで筋肉で出来たようなチョウ先輩が!?


うん。たまたまだなと結論付けて、ルカはお代わりのビールを注文した。

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