第4話 誘拐

少し昔の、ルカがゴクアク警備会社に入社する前の話である。



久し振りに女友達同士で会ったルカは、お酒も入って上機嫌のまま帰途についていた。

少し遅くなったのでお母さんが心配しているかなという後ろめたさもあったが、なったばかりであっても一応社会人であるから、たまにはこんな日があってもいいかと思った。

時刻を確認すると23時を過ぎていた。午前様にはならずに着きそうだと思って住宅街を歩いていると、ワンボックスカーが目の前に止まる。

後部座席の扉が横にスライドしたと思ったら、帽子を目深にかぶった男が二人、無言のまま降りてきて警棒のような物で殴りかかってきた。

強烈な痛みが腕に襲いかかり、悲鳴が出る。

あっ誘拐される。瞬時にルカはこの後の展開を悟った。

「誰か。助けて」

大声は住宅の壁に反響してけっこう響いたように思う。男たちに無理矢理車に押し込められそうになるのを必死に抵抗した。

その度に警棒で叩かれ、力をなくしていく。

体の八割ほどが車の中に入れられた時に視線が捉えたのは、民家のカーテンの隙間から撮影していた姿であった。

誘拐されている様子を撮影しているだけ? そんなことしていないで助けに来てよ。

世間の無関心と暴漢の存在に絶望しかかっていた時、スライドドアを手で押さえる巨漢が現れた。

「姉ちゃん。1000万円くれたら助けるぜ」


突然現れた男は仲間なのか。冷静な思考をできる余裕がない。

ただ190cmくらいある筋骨隆々でスキンヘッドの大男が、片手で扉、もう片方の手で警棒を持った暴漢の腕を押さえていることは確認出来た。

助けてもらえるかもしれない。ほんの少しだけ安堵を持つことが出来た。だけどこんな時にお金を要求してくるなんて。

「そんなお金あるわけない」

ルカの口から漏れ出た声に、大男は少ししらけた表情をした。

「つまり誘拐されないことに、1000万円の価値もないってことか。だったら危険を冒して助ける義理もこっちにはないな」

捕まれていた手が外された暴漢は逃げるように車に入り込む。

えっ、本当に助けてくれないの?

疑問と恐怖でパニックになる頭の中で、自分はこんな時でも心の片隅に1000万円の支払いをケチったことを認めざるを得なかった。

かっこ悪い。

自分を責めたくなる感情を弾き返すようにルカはもう一度力の限り叫んだ。

「分かった。払うから助けて」

ニッと笑った大男は、そこから大暴れで暴漢たちを殴り倒していった。彼の暴れっぷりがスローモーションのように感じられる。

1分もしなかったであろうその光景は、ルカの脳裏には映画のクライマックスのシーンであるかのように映った。


この大男がケイジ先輩であることは、そこから数日たった入社後の挨拶で知ることになる。

1000万円の借金返済の為、ゴクアク警備会社に半強制的に転職させられたからだ。

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