・11―10 第222話:「コース料理」

 謁見えっけんの間から一行が案内された食堂は、二十人ほどの人数が一度に会食できるほどの大きさを持っていた。

 やはり美しいタイルを敷き詰めて作ったモザイク画の床があり、その上にいくつかのテーブルがひとつなぎにされた長い食卓があり、白い絹織物のテーブルかけがされている。

 窓は少なかったが、全体的に明るい雰囲気ではあった。食卓の上の燭台しょくだいには火の灯された蝋燭ろうそくが何本も立っていたし、天井からはシャンデリアが吊り下げられ、壁をきれいに覆っているクリーム色の漆喰しっくいが光を適度に反射している。

 そして、食卓の上には、山盛りのごちそうが……、なかった。

 ただ、皿と、食器だけが並べられ、食べるためではなく目で楽しむための果物が飾りつけられている。


(や、やべぇ……っ! )


 源九郎は、戦慄せんりつした。

 こんな雰囲気の食卓は、以前にも、令和の日本で経験したことがある。

 知人の、結婚式。

 フランス料理の、フルコース。

 自分の思い描いた[サムライ]の姿を追求するのに夢中で、食事のマナーなんて日常的な最低限のものしか知らなかったから、とても困ったことをよく覚えている。

 無作法を人に笑われるのではないか。

 無知をさらすようで、居心地が悪いことこの上なかった。

 当時の悪夢がよみがえったが、その懸念は、———的中した。

 ドレスアップして自分に自信がついたのかすっかり落ち着いた様子のフィーナに代わって、今度は源九郎がガチガチに緊張してしまう。


(え? 並べてあるナイフとかスプーン、どういう順番で使えばいいんだっけ? )


 などと考えると、冷や汗が止まらない。

 ———近代的なテーブルマナーというのは、中世、近世の時代には、まだ存在してはいなかったはずだ。

 だが、ここは異世界。

 すでにそういったマナーというものが成立しているらしい。

 ただ、令和の日本で知られているものよりはずいぶん、簡素なものではあった。

 音をできるだけ立てないようにすること、並べられているナイフなどの食器は基本的に外側から順番に使っていくこと、など、辛うじて源九郎が覚えていたルールを守っていれば、なんとかなりそうな雰囲気。

 というよりも、こちらが王宮の作法など知らないだろうということをもてなす側が承知していて、あまり深く気にしないようにしていただけかもしれない。

 やがて、料理が順番に運ばれてくる。

 地球でも、コース料理というのはけっこう古くから存在したらしく、古代ローマの時代にはそれに近い、一品一皿で料理を提供する習慣があったという説もある。

 このもてなしも、それに近いものになっているようだった。

 名前は分からないものの、数々の料理が提供されていく。

 枝豆をすり潰してフレッシュチーズと合わせ香味野菜とスパイスを加えた前菜、焼いた芽キャベツを使った料理、鶏肉のミンチと様々な野菜を混ぜ合わせ型に詰めてじっくりと焼き薄切りにしてソースをかけたパテ、透き通った琥珀色のコンソメスープと続き、ホタテの貝柱をバターと一緒に焼いたもの、そしてメインの肉料理。多分鹿肉をじっくり煮込んだもので、国王が自ら取り分けてくれた。肉料理を君主が取り分ける、というのは、そういうしきたりで、王の公平性や器量を見せる場として扱われているらしい。

 驚いたことに、アカギツネにしか見えない小夜風さよかぜにも、これらのメニューが同じように用意されていた。もっとも、彼は人間と同じものは食べることができないから、口にできるものだけを珠穂に選んでもらわねばならなかった。

 味はきっとおいしかったのだろうが、緊張のせいでほとんど源九郎の記憶には残らない。

 ただ、全般的に、オリーブオイルや、ガルムと呼ばれるイワシを使って作った魚醤ぎょしょうがよく使われているとうことは印象に残った。

 土地柄として、油と言えばオリーブの実を絞ったものであり、魚醤ぎょしょうが頻繁に使われているのは調味料の種類がさほど多くなく味わいを深めたいならそれを使わざるを得ないせいらしい。


(食った気が、しねぇ……)


 心づくしのごちそうのはずだったが、緊張していたために全然、腹が膨れた感じがしなかった。

 それも非常に残念なことだったが、なにより切なかったのは、酒の種類が乏しかったことだ。

 この辺りでは米はさほど栽培されていない(いわゆる長粒種がわずかに生産されている)らしく、日本酒がない、というのは仕方がなかったが、トパスの屋敷で行われた酒宴では楽しむことができたビールや蒸留酒といったものがなく、ただ、赤ワインと白ワインがあるだけだった。

 どうやら酒の中でワインというのは他よりも品格が高いと見なされているらしく、王家のもてなしでは格式の高い飲み物であるワイン以外のものは出すべきではない、と考えられている様子だ。

 もちろん、どちらも最上級のものなのだろう。

 赤ワインは血のように濃い色で、白ワインは華やかで美しい透明感がある。どちらも銀のゴブレットで提供され、給仕たちが恭しい手つきで銀の容器から注いでくれた。

 それなのに、味についての記憶はほとんど残らず、外見の印象以上のことは全然、わからなかったし、飲んで騒げるような雰囲気でもなく、ちっとも酔うことができなかった。

 ただ、デザートに出されたスフレだけは、しっかりと味わうことができた。


(こ、これで、最後だ! )


 安心感で、味覚が戻って来たのだ。

 スフレと言えば一般的にメレンゲを使うものだったが、ここで提供されたのは、卵にオリーブオイルとミルクを加え、そのままかきまぜて焼いたものだった。

 そこに、たっぷりと蜂蜜がかけられている。


(おお! プリンみてぇだな! )


 スパイスの一種、バニラビーンズは使われていない様子だったが、その味わいはカスタードプディングに近く、源九郎にとってはなんだか懐かしかった。

 甘味というのは基本的に高価なものなのでこちらに来てからはなかなか手に入らなかったから、余計に美味しく感じる。

 他の面々も、嬉しそうに平らげていた。セシリアはこれが大好物らしく終始表情をほころばせ、普段甘味を食べるイメージの無いラウルも食いつきがよく、ルーンなどはお代わりを要求して給仕を困らせていた。これまでの料理の量が多かったのか少し苦しそうにしていた珠穂やフィーナも、にこにことすべて食べきった。

 国王のもてなしは、それで最後ではなかった。

 コース料理が終わると、今度はハーブティーや茶菓子などが用意され、謁見えっけんの最中とはうって変わって、私的な、よりくだけた会話をする時間が設けられていたからだ。

 ———これまでとは違った意味で、サムライと、その隣にいる元村娘は、緊張する。

 そもそも二人が旅に出た理由。

 辺境の村々の窮状を訴え、そこに暮らす人々を省みることのない国王に、「ガツン」と言ってやる。

 ついに、その目的を果たす時が来たと思ったからだ。

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