・11―9 第221話:「謁見」

 王家主催のもてなしは、まずは、謁見えっけんの間で国王に拝謁はいえつするところから始まった。

 王宮内だから、面倒くさいしきたりやら、順序やらがたくさんあるのだ。

 着飾った鼠人マウキーの執事に案内された謁見えっけんの間は、壮大な空間だった。

 日本の、一般的な一軒家。それが何軒か丸々入ってしまうほどに大きい。整然と立ち並んだ円柱が天井を支えるアーチ構造を支え、天井からは魔法の力で輝くシャンデリアがいくつも垂れ下がる。床一面に色とりどりのタイルを敷き詰めて作られたモザイク画が広がり、左右の背の高いガラス窓からふんだんに入り込む陽光で輝く。窓の外には、右側には海、左側には中庭が見え、室内の広大さと合わせて解放感がある。

 その光景に息を飲んだ源九郎たちだったが、さらに驚くことになっていた。

 というのは、玉座が二つあったからだ。

 正確には、片方は玉座ではない様子だった。どちらも丁寧に仕上げられ、豪華に飾り付けられてはいたが、差別化がされていて、謁見えっけんの間の最奥の中央、王家の紋章が金の糸で刺繍された巨大なタペストリーのかかげられた手前側にあるものがもっとも豪華で、これが本来の玉座なのだろう。そしてその右隣にもう一つのイスが用意されている。

 イスには、それぞれナビール族の男性が腰かけていた。

 一人は、源九郎と同年代に見える壮年の、長身の男性。金髪をオールバックにまとめ、整えられた口髭とあごひげを持つ。エメラルドグリーンの瞳の優しく落ち着いた印象の双眸そうぼうが、穏やかにこちらを見つめている。

 王冠を被っていることから、こちらの男性がメイファ王国の国王、ニコラウス五世、セシリアの父親なのだろう。

 もう一人は、なんだか体調が優れなさそうな男性だった。

 源九郎よりも若干背が低そうな、痩せてひょろ長い印象の体格。その上に青白い顔色をした頭部が乗っていて、短く切りそろえた金髪と、青い碧眼の、あまり覇気を感じられないものの思慮深そうな印象の双眸そうぼうを持つ。


(どうして、二人もいるんだ? )


 王宮の事情には詳しくないサムライはいぶかしんだが、あまり詮索せんさくしている時間はなかった。

 一行の先頭をきって進んでいたセシリアが、待ち受けていた二人の男性から距離を取ったところで立ち止まり、恭しくひざまずいてみせたからだ。


「王様と謁見えっけんする際の、マナーが分からない? ……心配ご無用、ですわ! 全部、わたくしの所作に合わせて下さいまし! 」


 王族と会うということで緊張していたサムライや元村娘に、お姫様が自信満々に胸を叩いていたことを思い出す。

 ラウルは慣れた様子で、珠穂は素っ気なく、フィーナはガチガチに緊張して、次々とひざまずいて行く。

 ここはサムライ[らしく]正座にするべきかどうか少し悩んでから、源九郎も他に合わせた、メイファ王国風のひざまずいた姿勢を取っていた。

 なお、ルーンは我関せずと突っ立ったままだったが、エルフの血を引いていることを特別視しているナビール族にとって[本物]は別格の存在なのか、特になにも言われなかった。


「国王陛下。王兄おうけい殿下。ご機嫌麗しゅうこと、お喜び申し上げます」

「うむ。……皆の者、顔をあげよ」


 一行を代表してセシリアが挨拶を述べると、重々しくうなずいたニコラウスが低い落ち着いた声で言う。


(おう、けい、殿下……? 王様の兄貴、ってことか? )


 ニコラウスの右隣に座っている病弱そうな男性も、どうやら王族らしい。

 しかし、と、サムライはいぶかしむ。

 王位とか爵位とかいうものは、嫡子継承という制度のところが多かった。

 これは、継承権を明確に定めておかないと、世代交代する際に毎回もめて仕方がないから決まって行ったルールだ。

 その順序で行くと、ニコラウスではなく王兄が王冠を被っているはずなのだが。

 どうやら、メイファ王国の王家はなかなか、複雑なことになっているらしい。

 ———そんなことを考えている間に、謁見えっけんは淡々と進んでいく。

 ニコラウスがあれこれと声をかけ、質問をし、質問をされた側がそれぞれ答えていく。

 どれもこれも、当たり障りのない、定型文的なものばかりだった。

 後でこっそりセシリアにたずねてみたところ、こういう場でのやりとりというのは大体がパターン化されているらしい。

 それは謁見えっけんの場に招かれた者たちが答えにくいことを質問して口ごもらせ、公の場で困らせたり、恥をかかせたりするようなことがあってはならないという気づかいのためらしい。

 そういうわけで卒のない、悪く言えば単調で面白みのないやり取りが続き、ほどなくして国王との拝謁はいえつは終わった。



(さてさて! な~にを、食わしてもらえんのかな~! )


 堅苦しい時間が終わると、源九郎はうきうきとした気分になって来る。

 なにしろ、王家の酒宴だ。

 料理も酒も山盛り、量も種類もたくさん出るのに違いなかったし、どれもこれも最上級のものが提供されるのに違いなかったからだ。

 ———だが、サムライは面食らってしまうことになる。

 というのは、この、王家の主催による酒宴は、それこそ、堅苦しいマナーと、しきたりでがんじがらめにされている、とても気楽でいられるようなものではなかったからだ。

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