・11―8 第220話:「二人のお姫様」

 珠穂とルーンの間に、いったいなにがあったのか。

 控えの間に帰って来た二人の様子を観察した源九郎は、そういぶかしまずにはいられなかった。

 なんというか、態度が素っ気ない。

 巫女はまるで最初に出会ったころに戻ったように見えない障壁バリヤーを周囲に張っていて、編み笠を目深に被ってよそよそしい。

 エルフの方も、さっきみたいにべたべたとひっついては来ない。相変わらず距離感は近く、隣に座らなくてもいいのにわざわざサムライの隣に来ているのだが、過剰なスキンシップは消え失せていた。


(べ、別に、期待してたわけじゃねぇけどよ! )


 源九郎は慌てて、今もまだしっかりと印象が残っているボリューミーな感触を脳内から振り払う。

 彼が悶々としなければならない時間は、短かった。


「さぁ、みなさん! ご覧になってくださいまし! フィーナのおめかし、完了ですわ! 」


 賑やかに、そして誇らしそうに。

 自身も着飾ったセシリアが高飛車な声でそう言いながら、勢いよく扉を開いて入室してくる。

 当然、部屋の中にいた者たちの視線が集中する。そしてお姫様はそれを待っていたかのように仁王立ちすると、自信満々に、背後に隠れていた少女を振り返ってその背中に手を回し、前へと押しやった。

 戸惑いがちに、……もう一人の姫君プリンセスが姿をあらわす。

 丁寧にくしで整えられ、ツヤツヤとキューティクルが輝く黒髪。

 汚れ一つなくピカピカに磨き上げられた褐色の肌に映える、薄黄色の晴れやかな色合いのドレス。まだ幼さの残る少女に合わせてフリルやひらひらがついているが、ただかわいらしいだけではなく、ちょっとだけ大人に見えるように調整がされた衣装。


「ど……、どうだべ、か……? 」


 はにかみながら上目遣いでたずねて来るその唇には、うっすらと口紅が塗られていた。

 しばし、室内は沈黙に包まれる。

 驚いていたのだ。

 フィーナといえば、素朴な少女だった。

 元村娘で、無邪気で元気ではあるものの、貴族やお金持ちの令嬢が持っているような気品はあまり感じられない、どこにでもいそうな庶民の娘。

 まだ大人ではないものの、自分の力で立派に役割をこなすことのできる、たくましい女の子。

 そんな印象だったのが、どうだろうか。

 エルフの血を引いてその美貌を受け継いでいるナビール族の娘であるセシリアと並んでいても遜色そんしょくないほどに美しく、愛らしく見えてしまう。


「な、なにか、言ってくんろっ! 」


 沈黙に耐えかね、半ば泣き出しそうになりながら、フィーナは叫ぶような声を出す。

 すると、やはり、よく見知った元村娘だということが分かった。

 源九郎は、なんだかほっとしてしまう。

 いつも一緒に過ごしていたはずの少女が突然別人になってしまったのかと思って、ちょっとだけ、恐ろしかったのだ。


「いや、スゲぇ! すごくいいぜ、フィーナ! すっかり、見違えちまったぜ! 」


 率直に驚きと感動の気持ちを込めながらソファから立ち上がると、サムライは勢いよくまくしたてるように言う。


「まるで、どっかのお姫様みたいじゃねーか! いや、普段も、かわいいなとは思ってたんだけどよ……、なんか、こう! 一気に二、三歳くらいオトナになったつーか、華やかになったっていうか! 」

「そ、そんなに褒めねぇでくんろっ」


 フィーナはそう言うものの、まんざらでもない様子でニコニコとして、身体をくねくねとよじらせている。

 嬉しくて今にも踊り出したいくらいなのを我慢している、といった様子だった。


わたくしも、びっくりいたしましたわ! 」


 その隣にいるセシリアは、感動の余りに瞳を潤ませている。


「おめかししたら、ぐっと良くなるだろうな、とは思っておりましたが、まさか、これほどになるとは! どんなコーディネートにしようかと、寝ずに考えた甲斐がありましたわ! 」


 どうやらフィーナのおめかしは、そういうことに慣れている王女様が自ら考えて行ったらしい。

 プロの仕立屋に元村娘の身体に合うように洋服を直してもらったり、実際のメイクは専門の者に頼ったりもしたのだが、どんな方向性で行くか、色合いはどう組み合わせるかは、彼女が監督して決めたのだ。

 その見立ても見事なもので、明るく爽やかな色のドレスが少女の褐色の肌と黒髪をよく引き立てているし、さりげなく身に着けたネックレスやブレスレットなども、主張しすぎないがしっかりとした輝きを見せ、それを身に着けた者の魅力を一層引き出し、強調するのに役立っている。


「本当に、もう! あなた、もしかしてナビール族だったりいたしませんか? 」

「い、いや、おらはただの娘っコだべ……。長老さまからも、そんな話は聞いたことねーだ」

「そうなんですの? うっふふ! あなたの村のことも、今度、もっと聞かせていただきたいですわ! 」

「う、うん。おらも、おねーさんともっとお話、してみてーだよ」


 少女二人は、今やすっかり親友になったように見える。

 きゃっきゃ、とはしゃぎながら嬉しそうに話している姿は、源九郎が令和の日本で見かけた、同じ年ごろの娘たちとなにも変わらなかった。


「珠穂さんも、一緒におめかしして下さればよかったのに! あなたのためのコーディネートも、わたくし、ずっと考えておりましたのよ? 」


 それからセシリアは唐突に視線を巫女へと向け、愛らしく頬を膨らませる。


「いや……、わらわは、そういうのは好かぬのじゃ」

「あら? そうなんですの? 」


 言葉少なに断りを入れ、視線を向けずに編み笠を深々と被り直す珠穂。

 その態度に、自分とフィーナがおめかしをしている間になにか変化が起こった様子を察したのか、お姫様は怪訝けげんそうな顔をしたが、彼女がそれ以上深く突っ込んでいる時間はなかった。


「セシリア姫。それと、お客様方。陛下との謁見えっけんの準備が整いましてございます」


 王室に仕えている執事の一人がやってきて、恭しく一礼しながらそう教えてくれたからだった。

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